お姉様のご成婚から6年の月日が過ぎた。
アデルハイム国は今日も平和だ。現国王は御年五十六歳。まだご健在で国務の中心にいらっしゃるし、跡継ぎ問題に火がついたりもしていない。
お姉様が第三王子エヴァン殿下とご成婚された折、一度だけ国王陛下とお話をすることが出来た。とても優しく微笑まれる方だったのを覚えているし、お父様に爪の垢を煎じて飲ませたいって、幼かった私は思ったものよ。
だって、お父様はいつだって継母の味方で、私には冷たい眼差ししか向けてくれなかったんですもの。
頭を撫でてなんて我が儘を言わないから、せめて、昔のように私をヴェルって呼んで欲しかった。
でも、そのお父様も三年前──お姉様のご成婚から三年後に、急な病でこの世を去った。もう一度だけで良いからと願った幼い私の小さな夢が叶うことは、未来永劫失くなってしまった。
月日が過ぎるのは早いものね。
亡きお父様の執務室で届いた手紙を仕分けながら物思いに耽っていると、一通の手紙が目についた。帝国のファレル伯爵領にいらっしゃるお祖母様のもとで、勉学に励む弟のセドリックからのものだ。
手紙の束を執務机の上に置き、それを開くと無意識に口元が緩んだ。
父の葬儀の後、セドリックはお祖母様と一緒に帝国へ行ってしまった。それっきり会えていないけど、毎月のように手紙が届く。それを読む時間は、何よりも幸せなひと時だわ。
今月の手紙には、秋から帝国の魔術アカデミーに通うとか、お祖母様の植物園で薬草を育てる手伝いをしていると、楽しそうな様子がびっしり綴られていた。
最後に、
これは、俗にいう恋の相談というものかしら。
泣いて私と離れるのを嫌がったセドリックだけど、成長しているのね。それに、恋を覚えるくらい豊かな心を育めているってことは、充実した日々を送れている証だろう。
お祖母様に預けて正解だったわ。
少しの寂しさと共に、弟の成長を感じて胸の奥を熱くした。
ライサには、あなたの選んだリボンと一緒にお菓子を贈ったらどうかしら。私であれば、それだけでも嬉しいものです。そう手紙を書こう。
豪華なものでなくても良い。それに、宝石とドレスを贈るにはまだ早いでしょうからね。
手紙をそっとしまうと、見計らったように執務室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「ヴェルヘルミーナ様、お茶をお持ちしました」
姿を見せたのは、私の幼馴染みでもある侍女のダリアだ。デール子爵の三女で、私の三つ年上になる。
そろそろ結婚をしたらと言っても「ヴェルヘルミーナ様が良き伴侶を得るまで、お側に仕えます」の一点張りなのよね。
栗色の髪は、髪一筋のほつれも許さないとばかりに、きっちりと濃紺のリボンでお団子に結い上げられている。服装も飾り気のない紺のドレスで動きやすさ重視。何から何まで頑固なダリアらしい格好をしているけど、切れ長の瞳は、夏の山々を思わせるような深い緑色をしていて、とても美しいの。
せっかくの美人なのに、行かず後家になるなんてもったいないわ。
じっと視線を送っても一切動じないダリアは、運んできた質素なティーセットを机の端に置いた。その横には、可愛らしい焼き菓子の載る小皿が置かれる。
「お菓子をつける必要はないって言ったでしょ?」
「朝食を、あまりお召し上がりにならなかったので、料理長が心配していました」
今朝は、いつも昼近くまで起きない継母が、珍しく朝食を食べると言って食堂に現れた。
そんな時は、決まって私に暴言を吐くのよ。
無能の顔を見ていると食事がマズくなる。そう言われて食卓が騒然となる前に、私がいなくなるのが最善策だったりする。
だから、食事を始めたばかりで退席したのだけど、そのことで料理長に気を遣わせてしまったのね。
「朝のお食事を
「ダリア、私を早朝からここに軟禁するつもり?」
苦笑しながらも、彼女の心遣いを嬉しく思った。
「まぁ、そのことはまた後で話しましょう。それより、届いたお茶会の誘いへの返事、代筆をお願いしたいの。私の分はお断りでね」
「分かりました。ケリーアデル様へのお誘いは、いかがいたしましょうか」
「お継母様の分は、日にちが早いものから出席のお返事を。日が重なるものは、お伺いを立てます」
「かしこまりました。早急に取り掛かります」
手紙の束をざっと見て、送り主を確認した彼女は小首を傾げた。
「お嬢様、また、ロックハート侯爵家からお誘いが来ています」
「お断りして」
即答すると、ダリアは切れ長の瞳を少し見開いた。