ぽすっと音を立ててベッドに体を横たえ、小さくため息をつく。
さらさらのシーツから、優しく甘い香りが立ち上がった。これはラベンダーの香油だろうか。とても心地が良く、身体がベッドに沈んでいくように感じた。
眠りに誘われるようにして目蓋を下ろし、このまま寝てしまおうかと思ったとき、はたと気付いた。
ちょっと待って!
すっかり忘れてたけど、ヴィンセント様とすごす今夜をどう乗りきったらいいかの、答えが出てなかったじゃない。
全身からどっと汗が噴き出すのを感じ、飛び起きた私は無意識のうちに口元をひきつらせていた。
男性と夜をすごすなんて、もちろん、初めてのことよ。
ベッドは一つしかない。
汗が滝のように溢れ、背中が濡れていく。
落ち着いて、ヴェルヘルミーナ。
そもそも、ヴィンセント様が私に懸想することがないかもしれないじゃない。そうよ、女嫌いって噂だってあったわ。初婚のとき、お子様だってお作りにならなかったと、ダリアも言っていたし。
ぐるぐると考えていた私は、脳裏に浮かんだヴィンセント様の微笑みに、全身が熱くなるのを感じた。
私のことを嫌ってるなら、あんなお顔をされないのではないか。愛していると言われたわけではないけど、少なくとも好意は感じる。
そんな彼は、私の初恋の人。
何も起きないだろうとは思うけど、どうして冷静でいられると言うの?
考えれば考えるほど全身が熱くなり、汗が滴り落ちた。
待って、待って。
こんなに汗をかいてしまって、匂いは大丈夫かしら。ヴィンセント様が不快に思わないかしら。汗を流した方がいいかしら。でも、そんな二度も湯浴ゆあみをしたら、それこそ
せめて、タオルで汗を拭うくらいは──おろおろするばかりだった私は、はたと気付く。
これじゃ、期待しているみたいじゃない。
よく考えなさい、ヴェルヘルミーナ。
ヴィンセント様と初めて出会ったのは、私が十歳に満たない頃よ。彼が私に恋心を抱く訳なんてないわ。妹とか身内の子ども程度にしか思っていなかったでしょう。どんなに、遠い恋心を蘇らせたって、これが政略結婚であることに変わりはないのよ。
早鐘を打つ胸の前で手を握りしめて思う。トキメキが苦しいものだなんて、どの本にも書いていなかったと。
俯いたその時、ドアがノックされた。
ダリアが戻ってきたのだと思ってほっと胸を撫で下ろし、「どうぞ」と声をかけたのは、失敗だったかもしれない。そう思ったのは、迎え入れてしまった彼の顔を見た瞬間だった。
「ヴェルヘルミーナ、まだ起きていてよかった」
「は、はひぃ!?」
現れたヴィンセント様に思いっきり動揺してしまい、声がひっくり返った。
部屋に入ってきたヴィンセント様は、手に持っているトレーをベッド横のナイトテーブルに下ろした。
「そこで侍女殿に会ってな。ハーブ水を預かった」
「えぇ!? そ、そんな、ヴィンセント様自らだなんて」
「ははっ、侍女殿にも言われたよ」
グラスにハーブ水を注いだヴィンセント様は、私の横に腰を下ろすと、それを差し出して微笑んだ。
「二人でゆっくり話したかったんだ。起きていてくれて良かった。眠くはないかい?」
「えっ、あ、あ、はい……」
そう言われて、寝たふりをしていれば良かったのかと気づいた。だけど、もうどうすることも出来ない。
グラスを受け取り、もじもじと俯いていると「ハーブ水は苦手か?」と尋ねられた。
「いいえっ。いただきます」
慌ててグラスを傾けたけど、香りなんてちっとも分からないわ。ドキドキと緊張していると、ヴィンセント様が「今日は驚いただろう?」と静かに問いかけてきた。