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第38話 「衛兵! ケリーアデルを捕らえよ!」

「バラ? バラの葉……だって、私はそれを……」


 困惑した顔でぶつぶつと言い出したケリーアデルが、ゆらりと体を揺らした。


 警戒したヴィンセント様が、咄嗟に私の前へと一歩踏み出す。だけど、彼女はこちらを見ていない。そのまま体を揺らして歩を進めたかと思えば、突然、崩れようにペンロド公爵様の足にすがりついた。


 その時、ケリーアデルの全身から、ゆらりと黒い陽炎が立ち上がった。

 アレは何?

 黒い陽炎は禍々しく地を這い、ペンロド公爵様の足へと絡みついていく。


「公爵様! 信じてください。私は娘を折檻などしておりません。印章の偽造など、身に覚えのないことばかりでございます!」

「だ、だが、鏡に映っておった。そ、それに印章が偽装となれば……そなたが、義理の娘たちの母として屋敷にとどまることは認められぬ」

「あれは、本当に夫が書いたものです!」

「しかしだな……亡きレドモンド卿との婚姻の事実がないのであれば、これは、大問題であるぞ」


 気弱そうにおろおろとするペンロド公爵様は、夫人を振り返って助けを求めるようなそぶりを見せた。


「全て、愚かで無能な娘の妄言。それにロックハート家の皆様が騙されただけのこと!……私は、夫を愛しておりました!」

「嘘よ!」


 ケリーアデルの愛を欠片も感じない言葉に、私は悲鳴をあげた。


「貴女はお金がほしかっただけ! お父様がいない時、勝手にレドモンドの家財を売り払い、散財してきた。その度に、私に罪を擦り付けてきたじゃない!……あなたが愛したのはお父様ではない。レドモンドの財産よ!!」


 私の叫びに応えるように鏡が輝く。


 絵画に陶器の飾り、彫刻、様々な美術品を売り払うケリーアデルの姿が、鏡に映し出される。それを見た瞬間、ペンロド夫人の表情が険しくなった。


 さらに映し出されたのは、父が私を怒鳴りつけて「美術品に触れるなと言っただろう!」と説教する姿だ。


 そう。私が美術品を壊した、汚したから破棄せざるを得なかったと、ケリーアデルは嘘を並べた。そうすることで、家財を売却していた事実を隠し続けた。その中には、亡き母の宝石やドレスもあったわ。


「嘘です。こんな……これは、私に化けた誰かでございます。偽りです!」


 しなだれて、ふくよかな胸を揺らしたケリーアデルは、まるで男を誘うような眼差しをペンロド公爵様へと向けた。

 その瞳に飲まれるように、公爵様は押し黙って動かなくなる。


 さっきまで、夫人を振り返っておろおろと助けを求めていたのに、どういうことだろう。まるで、操り人形になったように、ペンロド公爵様はぼんやりとした目をケリーアデルに向けていた。


 ケリーアデルの赤い唇が弧を描く。


 よく見れば、くらい陽炎が公爵様の体を飲み込もうとしているではないか。彼女が何かをしたのだろうか。


「信じてください。私は、ずっと、ずっとに──」

「お黙りなさい、ケリーアデル!」

「……ドロセア様?」

「誰が、私の夫に触れて良いと言いましたか?」

「えっ……そ、それは……」

「しかも、卑しい目で夫を見ていましたね。そのようにして、亡きレドモンド卿にも取り入ったということですか」

「ち、違います! 私はドロセア様の──」


 継母が何かを言いかけた時、ペンロド公爵夫人──ドロセア様の扇子が、彼女の頬を殴りつけた。


「こうして、ヴェルヘルミーナ嬢を躾けたのですね。では、貴女の躾もそうすることにしましょう」

「ドロセア様! 話を聞いてください。私は──!」

「お黙りなさい!」


 ドロセア様の一声で、ケリーアデルは黙った。まるで、声を失ったように。その直後だ。フォスター公爵様が声を上げた。


「衛兵! ケリーアデルを捕らえよ!」


 こうして継母ケリーアデルは、あっけなく捕らえられた。

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