「バラ? バラの葉……だって、私はそれを
困惑した顔でぶつぶつと言い出したケリーアデルが、ゆらりと体を揺らした。
警戒したヴィンセント様が、咄嗟に私の前へと一歩踏み出す。だけど、彼女はこちらを見ていない。そのまま体を揺らして歩を進めたかと思えば、突然、崩れようにペンロド公爵様の足に
その時、ケリーアデルの全身から、ゆらりと黒い陽炎が立ち上がった。
アレは何?
黒い陽炎は禍々しく地を這い、ペンロド公爵様の足へと絡みついていく。
「公爵様! 信じてください。私は娘を折檻などしておりません。印章の偽造など、身に覚えのないことばかりでございます!」
「だ、だが、鏡に映っておった。そ、それに印章が偽装となれば……そなたが、義理の娘たちの母として屋敷にとどまることは認められぬ」
「あれは、本当に夫が書いたものです!」
「しかしだな……亡きレドモンド卿との婚姻の事実がないのであれば、これは、大問題であるぞ」
気弱そうにおろおろとするペンロド公爵様は、夫人を振り返って助けを求めるようなそぶりを見せた。
「全て、愚かで無能な娘の妄言。それにロックハート家の皆様が騙されただけのこと!……私は、夫を愛しておりました!」
「嘘よ!」
ケリーアデルの愛を欠片も感じない言葉に、私は悲鳴をあげた。
「貴女はお金がほしかっただけ! お父様がいない時、勝手にレドモンドの家財を売り払い、散財してきた。その度に、私に罪を擦り付けてきたじゃない!……あなたが愛したのはお父様ではない。レドモンドの財産よ!!」
私の叫びに応えるように鏡が輝く。
絵画に陶器の飾り、彫刻、様々な美術品を売り払うケリーアデルの姿が、鏡に映し出される。それを見た瞬間、ペンロド夫人の表情が険しくなった。
さらに映し出されたのは、父が私を怒鳴りつけて「美術品に触れるなと言っただろう!」と説教する姿だ。
そう。私が美術品を壊した、汚したから破棄せざるを得なかったと、ケリーアデルは嘘を並べた。そうすることで、家財を売却していた事実を隠し続けた。その中には、亡き母の宝石やドレスもあったわ。
「嘘です。こんな……これは、私に化けた誰かでございます。偽りです!」
しなだれて、ふくよかな胸を揺らしたケリーアデルは、まるで男を誘うような眼差しをペンロド公爵様へと向けた。
その瞳に飲まれるように、公爵様は押し黙って動かなくなる。
さっきまで、夫人を振り返っておろおろと助けを求めていたのに、どういうことだろう。まるで、操り人形になったように、ペンロド公爵様はぼんやりとした目をケリーアデルに向けていた。
ケリーアデルの赤い唇が弧を描く。
よく見れば、
「信じてください。私は、ずっと、ずっと
「お黙りなさい、ケリーアデル!」
「……ドロセア様?」
「誰が、私の夫に触れて良いと言いましたか?」
「えっ……そ、それは……」
「しかも、卑しい目で夫を見ていましたね。そのようにして、亡きレドモンド卿にも取り入ったということですか」
「ち、違います! 私はドロセア様の──」
継母が何かを言いかけた時、ペンロド公爵夫人──ドロセア様の扇子が、彼女の頬を殴りつけた。
「こうして、ヴェルヘルミーナ嬢を躾けたのですね。では、貴女の躾もそうすることにしましょう」
「ドロセア様! 話を聞いてください。私は──!」
「お黙りなさい!」
ドロセア様の一声で、ケリーアデルは黙った。まるで、声を失ったように。その直後だ。フォスター公爵様が声を上げた。
「衛兵! ケリーアデルを捕らえよ!」
こうして継母ケリーアデルは、あっけなく捕らえられた。