感謝を述べるイリアに、ルーカスは「気にしなくていい」と首を横に振って答えた。
全て、偶然が重なった事だ。礼を言われるような事ではない。
「魔獣討伐は任務だ。それに、ここに連れて来たのは——」
「俺の
(あの時——。倒れているイリアを見て、誰にも触れさせたくないと思った。
君を助けるのは自分でありたいという、
……浅ましい想いだな)
ルーカスが
「私が伝えたかったんです。この気持ちを」
彼女の神秘的な淡い輝きを宿した瞳が、見つめて来る。
目が
「ありがとうございます、ルーカスさん。それから……おかえりなさい」
イリアが微笑んだ。
陽の光にキラキラと輝く銀糸を風に
庭園の花々が
「ああ……ただいま」
「……それと、君が目覚めた時の事は、本当にすまなかった」
ルーカスは誠意を籠めて頭を下げた。
手紙でも伝えてはいるが、やはり謝罪は対面で
「いいえ、大丈夫です。私も誤解してましたから……お互い様ですね」
顔を上げると、イリアは
彼女の様子に、謝罪が受け入れられたのだと
「ありがとう、イリア」
「はい。これで仲直りですね」
またイリアが笑った。
自然とルーカスも頬が
(仲直りか。ちょっと違う気もするが——彼女が笑顔ならそれでいいか)
笑顔の花が咲き誇り、
今日の朝食の目玉はエッグベネディクトらしい。
トーストしたマフィンにベーコン、ポーチドエッグを乗せ、オランデーソースをかけた料理だ。
料理の乗った皿が次々とテーブルの上に乗る。
焼き立てのロールパン、白パン、クロワッサン。
色取りの良い新鮮野菜とたまごのサラダ、香草焼きの魚にローストヴォー。
ポムの冷製スープ。
他にも数品、副菜におかずが並べられた。
二人分なので量は
テーブルを彩る料理に、イリアが目を輝かせていた。
「さ、料理も来たことだし、いただこうか」
「はい!」
ルーカスとイリアは拳を握って胸に当て目を閉じると「日々の恵みに感謝を」と食事の挨拶を口にした。
並べられた料理を手に取ったイリアが綺麗な所作でカトラリーを扱い、口に運んだ料理をそれはもう美味しそうに
ルーカスはくすりと笑いをこぼした。
「美味しいか?」
「はい、とっても! 公爵家のお料理はいつも美味しくて、幸せな気持ちになります」
イリアがほわほわと柔らかな笑顔を浮かべた。
(記憶をなくしてもこういうところは変わらないな)
ルーカスは料理を美味しそうに頂くイリア
完食して空いたお皿が下げられると、食後にはティーセットが運ばれて来た。
金の
侍女が手際よくカップへ紅茶を注ぎ、ルーカスとイリアの前へ静かに置いた。
ルーカスはカップを手に取ると、口元へ寄せて。
程よい苦みと甘み——
イリアもカップに口をつけている。
そして一口飲んだところで「あ!」と声を上げた。
「どうした? 熱かったか?」
「いえ、大丈夫です。そうじゃなくて、これ。確か、ルーカスさんの好きな茶葉ですよね?」
「ん? 良く知っているな」
ルーカスは瞼を
一瞬、イリアが自分の好みを覚えていたのかと思ったのだが——。
「シェリルさんが『お兄様のおすすめの
(……シェリルからの情報か)
違ったようで、落胆してしまった。
(でも、思い出せば懐かしい話だな)
ルーカスがこの
……目の前にいる彼女。イリアがきっかけだ。
「君が教えてくれたんだ」
「私が……?」
「ああ。よくこうして、お茶を共にした」
イリアがぱちくりと目を開いた。
(やはり覚えてないか……)
覚えていない事実に胸が痛む。
彼女とのティータイムは特別な時間だっただけに、余計だろう。
(記憶がないのだから、仕方ない)
ルーカスは感傷を流し込むように紅茶を飲み干すと、控えの侍女に告げて二杯目を頂いた。
再度、紅茶の注がれたカップを口元へ運ぶ。
すると、唐突に。
「……ルーカスさんと私は、友人……その、こ、恋人、だったんですか?」
「ぐっ! げほっ」
イリアが衝撃的な言葉を口走った。
口に含んだ紅茶でルーカスはむせ、激しく咳込む。
「だ、大丈夫ですか!?」
イリアの心配そうな声が響く。
紅茶が変なところに入り込んでしまったようだ。
中々収まらず、咳を繰り返す。
(記憶の事を聞かれるだろうとは思っていたが、何故そんな結論に至ったんだ……?)
予想外すぎて、軽くパニックだ。
立ち上がり駆け寄ろうとするイリアが見えたので、ルーカスは「大丈夫」と手で示した。
だいぶよくなってきた。
だが、代わりに心臓が煩く鼓動している。
(平常心、平常心だ)
ルーカスは動揺を悟られぬよう呼吸を整えて行き「んんっ」と咳払いして姿勢を正す。
視線をイリアへ向けると、眉根を下げて頬を赤らめていた。
心配してくれているのはわかる。
が、頬を赤くしているのは、どんな感情と受け取ればいいのだろうか。
ルーカスはイリアの表情に何とも言えない気持ちを抱いたが、誤解は更なる誤解を生むだけだ。
自分達の関係を正すため、言葉を紡ぐ。
「……その、友人ではあるが、恋人では……ない、な」
「あ、ち、違うんですね。変な誤解をしてしまって、ごめんなさい……!」
勘違いだと知って、イリアはさらに顔を赤らめて
——またしても気まずい雰囲気だ。
しかし、事実は事実。誤解したままの方が、余計気まずいに決まっている。
とはいえ、恥ずかしさに茹で上がる彼女を見ていると、居た堪れない。
ルーカスはイリアがその考えへ至った原因が妙に気になって、問い掛ける。
「……何故、そう思ったんだ?」
「うう……だって、侍女さんと、お医者様が……。
シャノンさんとシェリルさんも、あんな事言うから、てっきり……!」
イリアはよほど恥ずかしかったのだろう。
耳まで真っ赤に染めて、両手で顔を覆って伏せた。
(なるほど、留守にしている間にある事ない事吹き込まれた訳だ。
……あとで詳しく聞く必要がありそうだな)
ルーカスは、心の中で冷笑する。
彼女に誤解を与えた者達への罰は何にしようか——と。
表面上は笑顔を取り