羞恥心にうずくまっていたイリアは、しばらくすると落ち着きを取り戻したのか、顔を上げた。
緊張した面持ちで、引き結んだ唇を動かしては閉じている。
何か話したい事があるのだろう。
ルーカスはじっとイリアの言葉を待った。
「……私、自分の事が知りたいです。
でも、思い出そうとすると、頭痛がして頭が真っ白になって……ダメなんです。思い出せないんです。
だから、もし良ければ……ルーカスさんが知っている私の事を教えて頂けませんか?」
切実な思いを乗せた瞳が見つめて来る。
だが——。
ルーカスは惑った。
教えるのは簡単だが、それが果たして彼女のためになるのだろうか、と。
(イリアは……教団の魔術師兵として、戦いに身を投じて来た。女神の
……それこそ、自分が傷つく事も
始めこそ自分の事を覚えていない事にショックを受けたが、今は違う。
彼女の背景を知っているだけに「何も知らず、忘れたまま生きた方が
しかし、一方的な思いを押し付けるのは、彼女の意思に反する事だ。
なればこそ、ルーカスは問う。
「……聞けば、知らずにいた方が良かったと、後悔するかもしれないぞ」
「何も知らず、後悔する方が嫌です」
イリアは揺らがない
彼女の気持ちは理解出来る。
もし自分が逆の立場だったら、ルーカスも同じ選択をする。
どちらにしても後悔するのなら、全てを知りたい——と。
「それに……」と、表情に
「胸がざわつくんです。何か、やるべき事があったはずなのに、思い出せなくて、苦しくて……!」
ぎゅっと胸を押さえ、
「私は知りたいんです。この感情が
いえ、思い出さなければいけない……!」
表情とは裏腹に
(……イリアがそれを望むなら、俺は
ルーカスはイリアの思いを
「……わかった。話すよ、俺が知る君の事を」
「あ……ありがとうございます」
イリアの表情が幾分か
自分が何者か知り得ないというのは、きっと思ったよりも彼女の不安となっているのだろう。
話をする前に、ルーカスは給仕の侍女達に下がるよう指示を出した。
彼女の正体とそれにまつわる思い出は、誰彼構わず聞かせていい話ではない。
侍女達は速やかに退席した。ルーカスは足音が完全に聞こえなくなったのを確認すると、「それじゃあ……」と話を切り出す。
イリアは緊張しつつも期待を
「……俺にとって君は、友人であると同時に恩人なんだ」
「恩人ですか?」
「ああ」
思い出すには少し辛い記憶がルーカスの胸を痛ませた。
イリアを直視する事が出来なくて、ルーカスは
「絶望の
出会いは——悲劇。
一面が赤に染まり、絶叫と、横たわる死と、鮮血に
奪い奪われ、絶望と
それが彼女の歌。
戦場に響く希望の歌声——。
「君は
ルーカスは告げる。
彼女が何者であるのかを。
「君は教団の
それを聞いたイリアは——。
——イリアからは、何故か反応がなかった。
(何故、何も反応がないんだ……?)
ルーカスは伏せた顔を恐る恐る上げ、視線をイリアへ向けた。
飛び込んで来たのは——
歯を食いしばり、声を上げる事も出来ない様子だ。
「イリア!?」
異変を感じ取ったルーカスはイリアの元へ駆ける。
椅子が音を立て倒れるが、気にしている場合ではない。
イリアがバランスを崩し、銀糸を
ルーカスは彼女が床に倒れる寸前のところで受け止め、そのまま抱きかかえた。
(一体どうしたんだ……!?)
「う、ぐっ……あ……た、まが……」
「痛むのか!?」
固く閉じられたイリアの
目覚めた直後もこのように頭痛を訴えた事をルーカスは思い出す。
そしてその時、ファルネーゼ卿が「無理に記憶を取り戻そうとしてはなりません」と言っていた事も。
(……く、
因果関係はハッキリとしていないものの、これは明らかに自分の浅慮が生んだ結果だ。
ルーカスはギリッと奥歯を噛み締めた。
彼女の身に何が起きたのか原因を探る事も、痛みを和らげる術も自分にはない。
「誰か! ファルネーゼ
痛みに苦しむイリアを抱き締めて、ルーカスは声の限り叫んだ。