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第十六話 呪詛、その危険性

 西空があかね色に色付く黄昏たそがれ時——。


 ルーカスはベッドで眠るイリアに付き添っていた。

 今は苦しむ様子もなく穏やかな寝息を立てて眠っているが、彼女の身に降りかかった厄災を思うと、ルーカスの方が心穏やかではいられなかった。






❖❖❖



 話の最中に頭痛を訴えたイリアは、駆け付けたリシアが治癒術を施すも状態が好転せず。

 ついには気を失ってしまった。


 ルーカスはイリアを休ませるため、抱きかかえて部屋へ運んで——。

 その後、魔術による視診をしたリシアが、驚きの事実を口にした。



「イリアさんは、呪詛じゅそむしばまれています」



 告げられた言葉に、ルーカスは目を見開いた。


 呪詛じゅそ、すなわち呪い。

 闇属性の魔術の一つで、その種類は多岐に渡るが、特定の個人、あるいは集団に病気や死などの災厄をしょうじさせる魔術の総称だ。



巧妙こうみょうに隠されていて気付けませんでしたが……」



 リシアがイリアの左腹部に手を置いて、傷痕をいたわるようにでた。

 怪我は治癒術により完治しているが、そこには着衣に隠されて〝〟があると聞いている。



「ここに負った怪我は、呪具じゅぐによる刺し傷だったようです」



 イリアを見つめる黒瑪瑙オニキスの瞳が悲しみに揺れた。



「イリアさんは魔術師——詠唱士コラール。しかもとても優れた魔術の使い手ですよね」


「ああ、そうだ」


呪詛じゅそがマナの扱いに長けた魔術師や、精神力の高い人に効き辛いのはご存知だと思います」


「行使する術者の力量に左右されるところはあるが、一般的にはそうだと認識している」


「その通りです」



 リシアがうなずいて、言葉が続けられる。



「イリアさんの呪詛これは、外部から魔術を掛けられたのではなく、呪具を媒介ばいかいに内側へ直接穿うがたれた物です。

 特定の単語と人物、それと——。

 ……いえ、ともかくそれらを起点に記憶を封じるものだと思います」



 記憶を封じる呪い、呪詛じゅそ


 誰かが意図的にイリアを傷つけた事はもはやうたがいようがない。

 ルーカスは知り得た事実をやりきれない思いと共に噛み締めた。



「頭痛は呪詛じゅその影響ですね。

 記憶を封じる呪いの力が暴れた結果——無理矢理こじ開けようとして力が反発した、と言えば分かりやすいでしょうか」


「つまり、イリアの核心に触れた事が引き金となり、彼女を苦しめる結果になったと言う事だな?

 ……解呪は、出来ないのか?」


「ごめんなさい。これほど強力な呪いは、私の力では……」



 リシアが力なく首を横に振った。

 すると、部屋の片隅で状況を見守っていた双子の姉妹のうち、シャノンがひょいと顔を出し。



「リシアよりすぐれた治癒術の使い手なら解呪出来るって事? なら軍本部や教団に掛け合ってみるのは? 特に教団なら神力を扱う高位の神官がいるし、可能性はあるんじゃない?」



 と提案した。

 しかしながら、リシアは難しい顔を浮かべている。



「そう単純な話でもないんです。この呪詛じゅそを掛けた術者、相当な曲者くせものですよ」



 ——例えるなら、常に正解が変わり続ける複雑に絡まった糸を解くようなものだとリシアは話した。

 よほど呪いの造詣ぞうけいに深い者でないと解けない、と。


 シャノンが苦虫をつぶしたような顔で「悪趣味ね」とつぶやいた。



(原因がわかっても、手立てが見つからないというのはもどかしいな)



 ルーカスも苦々しい思いで、拳を握り締めていた。



「……それで、ですね。すごく、酷な話だってわかってるんですけど……。

 団長さん、イリアさんの過去には触れないようにして下さい。

 先ほどの様に記憶を刺激し、封印が大きく揺さぶられると……反発した力が刃となってイリアさんの命を危険にさらします。

 ……最悪、命を落とす可能性も、あります」


「な——冗談でしょ!?」


「命を落とすだなんて、おだやかではありませんね」



 驚愕する双子の姉妹と同様に、ルーカスもにわかには信じ難かった。

 だが、反発した呪詛じゅその力で苦しむイリアの姿が尋常じんじょうではなかったのも確かだ。



「教会の治癒術師ヒーラーの最高峰である使徒シンや、教皇聖下ならば、あるいは解呪出来るかもしれませんが……」



 話しながらリシアは黒瑪瑙オニキスの瞳をルーカスへ向けた。

 しかし、彼女はこちらが反応を返す前に。



「今は時期が時期ですし、そもそも雲の上の存在ですからね。他の手段を探すしかありません」



 と、結論付けた。

 性急に見えるが、リシアは理解しているのだ。

 最初からルーカスが教団に頼るつもりがない事を。



(リシアは、からな。

 だから、解呪のためとは言え迂闊うかつに外部へ頼れないと理解している)



 魔熊討伐任務で保護したイリアを公爵邸へ連れ帰った、後日。

 「怪我のことで、ちょっと」と口籠ったリシアを呼び出し、対話した際に言及された。


 話を聞く限り、リシアは女神の敬虔けいけんな信徒で、使徒についてもかなりの知識を持っており、誤魔化しようがなかった。



「解呪についてはファルネーゼ卿とも相談しながら、方法がないか調べてみます」



 ルーカスは「頼む」と短く、だが力強い声でリシアに伝えた。



(あんな風に彼女を苦しめる呪いから今すぐに解放してやりたいが……)



 はやる気持ちが胸を占める。

 けれど残念ながら、ルーカスは魔術の造詣ぞうけいに詳しい方ではない。

 まして治癒術となると専門外のため、この件において力になれる事はない。



(戦う力はあっても、こういう時は無力だな)



 ルーカスは何も出来ない事への苛立ちを、ぐっとこらえて胸へしまった。

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