「——それにしても、よく魔王を仲間に引き込むことに成功しましたね。いまだに、にわかには信じられませんよ」
「なによ、まだ疑っているの?」
「そりゃソフィア様……、あんな軽すぎる一言で納得出来たら苦労はないですよ……。魔王なんて今までおとぎ話の中にしかいなかったんですから。そもそも、なんで生きてるんですか? 英雄たちに倒されたって話じゃないんですか?」
「んー……そこら辺はちょっと難しいのよね。私もまだ完璧に噛み砕けたわけじゃないし……」
あの後、ソフィアらは穴の空いたグラウンド・ゼロに残った帝国兵たちの遺体を放り込み、アイリスの力を使って土を被せて諸々を隠蔽。地形は変わってしまったが、底を埋めたことで軽く手を伸ばせば地上へ戻れる高さへとなっている。
そうして工作も終え、落としていた荷物も回収した彼女らは、グラウンド・ゼロを抜けてステラ領へと続く正規ルート——舗装された道を歩いていた。
血塗られた服を隠すように茶色の外套を装備。傷も癒え、防御魔法が使えるクルルを先頭にハーべとソフィアが続いている。
最後尾を担当するアイリスは、かつての記録と全く変わってしまった風景を見比べる様にキョロキョロと周りを見渡していた。
その姿はまるで初めて都会にやってきた田舎娘。
自分たちがイメージしてきた『魔王』とはかけ離れた無邪気な姿にクルルとハーベは毒気を抜かされていた。
「まぁですが、あの暴虐の限りを尽くさんばかりの破壊行動を見れば理解はできましたがの」
「そうですねクルルタリス様。わたしとしては、本当に仲間になってくれているのか不安ではあるんですけど……」
ハーべがチラリと後ろ目でアイリスを見ると……
「あぁ?」
「ひうっ……!!」
釣り上がった瞳でひと睨みされ、思わずソフィアの腕にしがみついてしまった。
腕によりかかられた重みに微笑みながら、ソフィアはアイリスを嗜めようとする。
「やめなさいアイリス」
「なにもしてねぇだろオレは。ただソイツが勝手にビビっただけで」
「アイリス」
「へいへい」
「おお〜っ!」
二人の気さくなやり取りを見て、ハーべが思わず息を漏らす。
恐怖の象徴たる魔王は主君が従えている——ように見える——のを見て彼女は尊敬の眼差しをソフィアに向けてい
「んんっ。あんまり見ないでちょうだいハーべ。……なんだか、ちょっと申し訳なくなってくるから」
最後の言葉は隣にいるハーべの耳にも届かないほど微か。
その無垢な信頼にいたたまれなくなったソフィアは思わず目を逸らしてしまう。
恥ずかしさもあったが、それだけじゃない。
あくまで二人の関係は利害で結ばれた対等な関係。ただ、それを告げたとしてもアイリスの最終目標が目標だ。二人の命は確約されているとはいえ、人類全体から見れば事実上の『先延ばし』に二人がどう思うかは分からない。
大切な臣下に失望される怖さもあり、『その時』まで約束は心にしまっておくつもりだった。
「? どうかされましたかソフィア様」
「い、いえ。なんでもないわ。大丈夫、アイリスは私がしっかり見ておくから安心しててね」
「はい、わかりました!」
「おい待て、理性がぶっ飛んだ猛獣じゃねぇんだぞオレは」
——似たようなものだ、と三人の心の中が一致する。
その雰囲気を感じ取ったのか、苛立った様にアイリスは頭をかいた。
「チッ、まぁいい。ンなことより今向かってるステラ領まだ着かねぇのか?」
「もう少しよ。あと二時間くらい歩いたら着くと思うわ」
「……二時間。かれこれ二日は歩いてるのに、まだそんなにかかるのかよ」
「帝国兵を蹴散らしながら歩いている割には、これでも早い方よ。歩きやすいこの道のおかげね」
「道……ねぇ」
変わり映えのない景色の中を歩き続けた不満が溜まり、アイリスは整備された石畳をコンコンと踏みつける。
「ったく。動く歩道どころか、車も電動スケボーすらもねぇんだから、不便な未来だな。未来の文明が後退してるなんて過去の奴らが聞いたら泣くぜ絶対」
「過去の人類が泣く……。そうかもしれませんな。アナタの話を全て事実なら、儂らは先人たちが築いてきたモノを破壊した世界の上で生きているのですから。歴史の歩みを後退させた蛮行を許しはしないでしょう」
「で、ですがクルル様! それは仕方のないことでは? わたし達が直接関与していた訳でもないですし、そもそも機械を生み出すことは禁忌とされているんですから——」
同じ世界線でありながら、異世界のごとく認識してしまう現人類と
今更アイリスにどうすることも出来ず、今の世界を生きるしかない事は分かっているが、かつての便利さを思い出してしまえば愚痴らずにはいられなかった。
「禁忌……ねぇ。この調子だと、ステラ領の中も大したことはなさそうだな」
「あら、そんなことないわよ。私としては、ステラ領の『カルメリア』ほど美しくて理想的な街はそうないと思うわ。それこそ、アナタに見せてもらった景色にも勝るとも劣らないくらいには好きよ」
「ほう。アレを見た上でそれを言えるのか」
「えぇ。行くのは十年ぶりだけど、人の活気で溢れたあの街を忘れたことは一度もないわ——」
楽しそうに過去の思い出を遡りながら、ソフィアはステラ領のことをアイリスに教えていく。
——リューエル・フォン・ステラ侯爵が治める『ステラ領カルメリア』。
メルトメトラ・元レストアーデ王国の最西端に位置するその街は、農地が豊かで海にも面していることから交易の要衝としても知られている。
「海の向こうにある海洋国家群『トルル海洋共和国』からの貿易は主にカルメリアで行われていてね。内陸じゃ絶対にお目にかかれない特産物が山の様にそこから輸出されるから、商人とか観光客が押し寄せてカルメリアはいつも人で一杯なの」
「農地も豊かで、食べ物も独創的で美味しいんだからね! かぼちゃタルトの蜂蜜練乳ミックスなんて子供の頃に食べた時は天にも昇る美味しさだったよ!」
「……なんだそのバカが考えたみたいな甘ったるい菓子は。そのまま昇っておきゃ良かったのに」
「なにおー!!」
会話が出来る、隣にソフィアがいることで余裕が生まれたのかハーベがアイリスに対して強気に出る。
もちろん、腰は少し引けているが先程までの気まずさは薄くなっていた。
「まぁステラ領の街並みやハーべの思い出は入ってみれば分かるとして、重要なのは領主がレストアーデ王国きっての、忠誠者であること。王国が帝国に飲み込まれてもなお、『王国派』としてそれなりの権力を持っているの。表立ってじゃないけどね」
「王国派……ねぇ。帝国も間抜けなのか? わざわざ叛逆の種を残してどうする」
「帝国にもメリットがあったからですよ」
アイリスの疑問にクルルが答える。
「メリット?」
「ステラ様は領内だけではなく、王国内ひいてはトルルからも絶大な人気を得ていますからな。殺せば必ず帝国に毒となる種が芽生えてしまう。ならば管理しておいた方がマシという考えなのですよ。どうやら帝国の『上』は非合理的な殺生は好まないみたいですから。とうぜん、好まないだけで必要ならヤるみたいですが」
「不穏分子は排除よりも管理が合理的——か。ふん、まるでオレがいた時代の人間みたいな考え方だな」
事実上世界の覇者たるオスカリアス帝国に感じるところがあったのか、アイリスは鼻から息を漏らす。
先史文明の人間と近いのなら、感情の力も発揮しやすいかもしれない。そう考えて、未来の戦いに思いを少しだけ馳せていた。
「そういうわけだから、今の私たちが頼れるのはステラ領のリューエルだけ」
「ステラ領に入り込むのは隣の領地——ベルクーザ帝国領を通らなければならないのが儂らみたいなモンからすれば厄介ですがな」
「でも、抜けた今ならどうってことないわ。あそこが唯一の関門だったけど、ここまで来たらひとまずはこっちの勝ち。カルメリアに着いたら早速リューエルに話を持ちかけないと——」