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2-3 「力でぶん取っちまえよマスター」

 ——そうこうしているうちに、時間が経ち遂に一向はステラ領カルメリアに到着。

 堀の様に水路があり、巨大な木造の橋がかかっている。そこを歩いていけば、聳え立つ五mの石壁と木製の正門。その前には帝国特有の黒い甲冑を身に付けた金髪の衛兵が二人立っていた。

 甲冑といえど、ゴテゴテした感じはなくむしろ軽装。金属の胸当てにガントレットとグリーヴ。

 ソフィアたちを追っていた帝国兵たちもだが、身体強化が使える分、身を守る装備は最低限で誰もが動きを阻害しないことを重要視している様だった。


「お前たちここらじゃ見かけない格好をしているが、旅人か? どこからやってきた」


 中に入ろうとすると、ずいっと衛兵の一人が高圧的な態度でソフィアたちの行手を阻む。

 元王国領とはいえ、今は帝国の領地であり門番もそこに属する人間だ。

 態度はどこも変わらないなとソフィアは思いつつ、『前』とは違う策を実行させる。

 その体幹から背筋を伸ばすだけで良い立ち振る舞いを見せられるクルルが二人の前に立ち、『事情』を説明していった。


「儂等はクリュータリア連邦から来た行商人でございます。この街には、特産品を卸に来たのですが……」

「あの砂漠地帯からここまで……? その外套はそういうことか」

「おい待て待て。本当に行商人か? そう言う割には何も商品を持っていないようだが」


 ギロリと、怪しむ様にもう一人の門番がその身一つしか持たない怪しい行商人ソフィア一向を睨む。


「お恥ずかしいというべきか、不幸というべきか……、領を抜けた先で『獣』に襲われまして。その時に全てを失ったのです。そして、命を奪われそうになった時に彼女に助けてもらいここまで護衛して頂きました」


 外套の前を開き、血塗られた服を見せると共にクルルの隣に帝国軍服を着たアイリスが立つ。

 これで襲われた行商人とそれを助けた帝国兵という構図に見えるはず。

 王国派とはいえ、それでも表向きは帝国に接収された領地だ。帝国の人間ならば、まず間違いなく信用するというのがソフィアの考え。

 ただ——


「帝国兵……!」

「それは、災難だったな……。獣に襲われるとは運がない。そちらの彼女にとっては好都合だったかもしれんがな」


 アイリスが視界に入るやいなや、強烈な敵意が衛兵たちから発せられる。

 一人は怒りに満ち、もう一人は嫌味ったらしくアイリスを見下している。

 そのアイリスが、視線を合わせない様に上を見上げれば外壁の上にも兵が一人、見張り役として立っておりしきりに森の方とアイリスを注視していた。


「なんだ、コイツら……」


 六つの不躾な視線に苛立ち、アイリスの口から小さく怒りが漏れる。

 それが聞こえていないのか、単に無視したかは分からないがアイリスに視線を向けることを止めた彼らは笑顔でクルルたちを見た。


「なんにせよ、命が助かったことはなによりだ。大したもてなしは今は出来んだろうが、この街でゆっくりしていくといい。そちらの女の子たちも大層お疲れだろう」

「え、えぇ、ありがとうございます」

「ありがとーお兄さんたちっ!」


 あからさまな態度の変化に思わずどもりながらも、頭を下げるソフィア。それを隠す様に、ハーべが前に出て元気な子をアピールする。


「二人とも、ありがとうございます。兵士さんもありがとうございました。アナタも中には入られるんですよね?」


 帝国兵としての姿を見せるため、クルルが仏頂面のアイリスに視線を向ける。


「あぁ。報告義務もあるからな。——いいよな、入っても」

「……どうぞ」


 やはりアイリスだけには敵意を向け、どこか物々しい雰囲気を感じとりながら一向は門を潜っていく。

 その一番後ろ、アイリスが入ろうとすると衛兵がその背に聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソッと言葉をぶつけた。


「くれぐれも、余計なことはするんじゃないぞクソッタレの帝国兵」


⭐︎


 外縁部を沿うように一周する形で農地があるステラ領カルメリア。壁の向こう側にある堀の水を取り込んでいるのだろう。

 舗装された土の道を歩き、中央区画へ。王国に繋がる北門の高い位置に領主ら貴族が住まう区画がありそこから中央の住宅区画や歓楽区画となっている。

 西側には壁はなく、海と港が開放的に広がっている。

 気候は温暖で、カルメリアという都市は元レストーアで王国の特徴を全て兼ね備えた縮小版のようなところだった。

 そんな都市が王国派としてまだ忠誠を持ち続けているのなら、強力な味方になること間違いない。

 けれど今、門を抜けて麦畑の街道を歩くソフィアとクルルの顔に喜びは無い。一方でアイリスは小馬鹿にするような笑顔でソフィアたちを見ていた。


「——にしても、マスターって本当に慕われてたんだな」

「……どういうこと?」

「さっきの衛兵の態度さ。まさかこの軍服を見ただけであそこまで睨まれると思ってなかった。面従腹背も隠そうともしないなんて、惚れ惚れする様な忠誠心じゃねぇか。オレら機人にも見習わせたいね」


 皮肉が混ざったアイリスの言葉が、忠誠を抱かれているソフィアに届く。

 けれど、ソフィアはそれに反論することなく、むしろ納得がいかないように眉を顰めてクルルへと近づいた。


「……やっぱり、おかしいわよね」

「はい。ソフィア様のその不審感は正しいかと」

「え、どういうことですか?」


 後ろにいたハーべが疑問符を投げかける。

 それをソフィアは固い声色で返した。


「……いくらなんでも敵意がありすぎたのよ。ここにいるアイリスはただ帝国兵のフリをしているだけだから、『帝国への怒り』をぶつけられても私たちは何も思わないけど——」

「事情を知らない彼らにとってアイリス様は本物の帝国兵でしかない。それなのに、ただ一瞥しただけであそこまでの敵意をぶつけるのはどう考えてもおかしいのだ。力関係で言えば、あの場で殺されていてもおかしくなかったのだぞ」

「確かに……! ——あ、ですが、それでも彼らの王国への忠誠心が強かっただけなのでは……?」

「その可能性は勿論あるけれど……。私みたいな立場ならともかく、彼らみたいな若い衛兵が十年前からずっと怒りを抱え続けてるとは考えにくいのよ。国を奪われた怒りはあったとしても、あの戦争で帝国が殺したのは王族だけだったから……」

「あ……」


 ソフィアの言葉で重くなるが、十年前の戦争はレストアーデ国民にとっては不幸中の幸いだった。戦争という理不尽な現場で、最大目標だけを狙い、自軍の消耗と相手国民の敵愾心を最小限に留めた見事なまでの戦略手腕。

 その有様は、かつて人類と文明を破壊し続けたアイリスとは真逆と言えるだろう。

 だからこそ、いくら王国派の都市とはいえ、たかが末端の兵が怒りの炎を猛らせるにしては焚べる為の薪が少なすぎるのだ。


「人間の複雑な感情はまだ分からねぇが——」


 三人の会話を聞いていたアイリスが、自分の考えを示そうと唐突に言葉を投げかける。

 三つの顔が振り向いた時、アイリスの口端は凄惨に吊り上がっていた。


「直接ぶつけられたからよく分かる。アレは、【機械仕掛けの恢戦エクスハード】の最後にオレが抱いた感情と同じ。——新鮮な理不尽への憎悪だよ」

「新鮮な憎悪……」


 思案顔でソフィアが呟く。

 だとすれば、その感情が生まれたきっかけは一体何だったのか。

 これからの助けを借りる為、やっとの思いで辿り着いた場所でスタートから疑問が膨らみ続けていた。


「——ソフィア様!!」


 土の道を抜け、中央区画の整備された石畳の上に足を踏み入れた時、クルルの緊迫感ある声がソフィアの絡まる思考を切り裂いた。


「なに——って、え……」

「ッ!? こ、こんなことって……!」

「へぇ」


 つられて前を向き、目を見開くソフィアとハーべ。

 少しニヤけるアイリスの眼前には、破壊の痕が残る惨状が広がっていた。


「嘘……。これがカルメリア……? 一体、何が起きたっていうの……?」


 美しく、交易の要衝として知られた活気は微塵もない。

 建物はボロボロで、倒壊したモノもあれば残っているけど穴の空いているモノもある。石畳も破壊され、下水道と思わしき側溝も潰れている。

 そんな壊れた景観を歩いているのは、傭兵と思われる荒くれ者たちが多い。

 明らかな戦闘痕と進んでいない事後処理。人手が足りないのか、瓦礫の撤去すらままならない様だった。


「見事なまでに破壊されてんなぁ。襲いかかってきた帝国兵共といい、今の人類ってのはこんなに交戦的なのか?」

「そんなことは……。衛兵たちは帝国にこれをされたからあんなに怒ってたの……?」

「……そうですな。帝国の方針は弱肉強食ですから、他の人々と比べてそういう意識が高いことは否めません。覇権国家ということも、増長の要因にもなっていますし、乱暴する者も多いです。ですがこれは……」

「今の状況下でカルメリアを攻撃する意味がありませんね……。王国派を抑える意味でも、このステラ領は帝国にとって有用的な存在。利害関係だけでも充分なのに、わざわざ火種を作る必要はどこにもありません」


 睨め付ける様に前に立ったクルルとハーベが街中を見て考察を開始。

 中央区画を歩いていく度に、壊れた建物が目に入る。無事なところを数える方が早いだろう。


「ソフィア様……。こんな状況じゃ、リューエル様に協力して貰うのは不可能なんじゃ……」

「……そうね。仮にこれが帝国によるものだとしても、すぐには戦えないわ。こっちは準備も出来ていないし、街の人だって復興したい人と戦いたい人の両意見に分かれるでしょうね……」


 本来の目的はひっそりとリューエルと会合し、正体を明かして侯爵としての力を借り、少しずつ仲間と力をつけていく算段だった。

 なのに、こうも混沌が入り混じっていればそれも難しい。

 と、そこでアイリスに悪辣な考えが浮かび上がった。


「街はほとんど機能してねぇ。領主サマとやらに協力も持ちかけるのも難しい。——なら、力でぶん取っちまえよマスター」

「え?」


 ソフィアの柔らかな手を、アイリスが右手で掴む。


「今のオレでも、この右手を使えばこの状況を破壊することは簡単だぜ。なにせ、とっくに壊れちまってんだからよ。とことん破壊し尽くしてココを力で支配すりゃ、人間共はなんでもお前の言うことを聞くだろ? 『借りる』必要なんてない。全部お前のモンにすりゃ良いのさ」

「そ、そんなこと出来るわけないでしょ——」


 倫理も人の感情も全て無視したアイリスのその考え。復讐とそれに付随するあらゆる手段が、破壊に直結してしまっているからこその思考なんだろうがソフィアは『人間』だ。

 復讐に囚われていても、人間には失ってはならないモノがあると、その機械の右手を振り払うと——


「テメェ、今なんつった!!」

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