目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

2-4 「処すには充分だよなぁ?」

 突如、割り込んできた怒鳴り声。憤懣やるかたないといった敵意の方向をアイリスは見る。


「おいおい……、またかよ。いい加減にしてくれってんだ」


 蒼い双眸が捉えたのは、門の前にいた衛兵と同じ装備をしたステラ騎士団の一員と思わしき茶髪の男。無骨な顔だが、無精髭と酒に酔って赤くなった頬がだらしなさを演出していた。

 帯剣していてようやく落ちぶれ騎士としか見えない、その男はグングンとアイリスに近づき鋭い眼差しで見下ろした。


「テメェ、さっき言ったこと俺の前でもういっぺん言ってみろや、あぁ! この街を奪うだぁ!? ヨソモンが調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

「……おい、マスター。この時代の人間は、血の気が多い奴らばっかりなのか? せっかく感情を理解できるようになったってのに、マスター以外全員、似たような感情しか向けてこねぇじゃねぇか……」


 呼気にアルコールを感じさせるほどの距離だが、アイリスは目の前の男をガン無視。

 つまらないといった退屈と一緒に、呆れた視線をソフィアに向けていた。


「えっと……。た、多分間が悪かっただけよ! 世界は十人十色! アナタがいた時代に負けないくらいには、個性的で色んな人がいるはずよきっと!」

「はぁ……、マスターの部下でも『こう』だから言ってるんだが……。まぁいいや。こんな感情しか持てない奴らなら放っておいても勝手に絶滅しそうだな。戦争だって繰り返してる訳だし……」


 あの憎悪の権化たるアイリスですら怒りを通り越し、呆れ果てるしかない『未来』の人たち。

 こんな者たちの為にオレ達アイリス達は壊されたのかと思うと、また怒りと同時に少しばかりの悲しみも湧いてきた。

 自滅を待つ気は毛頭ないが、そういう感情を生み出してしまう程にアイリスの目から見てこの時代の人間は『以前』と比べて酷すぎた。


「ごちゃごちゃ何を訳のわからねえこと言ってんだ!? 可愛い顔した帝国兵だからって、殴られねぇとでも思ってんのか!?」

「訳のわからねぇ——はこっちのセリフだっての。そう望んで造られたオレが可愛いのは当然だが、マスターにならともかくお前に言われたところで気持ち悪いだけなんだよ」


 うえっ——と、酔ってもないこっちが吐きそうだと吐くフリをして小馬鹿にするアイリス。その後ろでは、なぜか照れたソフィアがアイリスから視線を逸らしていた。


「え、ちょ、ちょっとなに……。アイリスってあんなに私に気を許してたの……。ちょっと……いや、かなり嬉しいかも……」

「ソフィア様……」


 今までツンツンしていたアイリスが、ごく自然にこぼしたソフィアへのストレートな感情。それに、照れを誤魔化す様にソフィアは身体を捩りハーべがそれを見て少し呆れていた。

 酔っ払った騎士は、既に蚊帳の外。当然、それにキレないなんてことはない。


「このアマ……!  調子に乗りやがってなんだったら、お前が連れてきたそこの連中も全員、ヤってやろうか!?」

「あ——」


『——半敵性存在によるマスターへの害意を確認』


「不細工な感情に加えて、支離滅裂な言動、マスターへの害意。処すには充分だよなぁ?」


 ソフィアだけに聞こえる無機質な声と共に、膨れ上がるアイリスの怒り。

 それにソフィアは大慌て。こんな荒れた街中で血みどろな惨状を作り出してしまったら、それこそ協力なんてしてくれない。

 完全アウトだ。

 カチャカチャと人工筋肉の下で音が鳴るアイリスの右腕をソフィアが急いで全身で包み込み、ハーべが騎士を庇う様に前に立つ。


「騎士様! 今すぐここから離れてください! 今ならまだ間に合いますから!」

「は、はぁ……!? なんだテメェ……」

「おい離せよマスター。こいつ、殺せないだろ」

「ちょっと強い言葉が出ただけで、殺しちゃダメよ! 後々面倒じゃない!?」

「……いや、そういう問題ではないかと」


 クルルがソフィアにツッコむ。

 出会って即処刑。

 『マスター』を護る機構が働いているのだろうが、ゼロか100——生まれたての素直すぎる感情を持ったことで行動があまりにも速すぎる。

 それに釣られてか、ソフィアの言動も慌てふためていた。


「こんな荒れた街だぞ? こいつ一人くらいいなくなっても面倒なことにはならないだろ」

「あんだと? ヤレるもんならやってみ……や……が——」


 一触即発。酔った騎士が息巻いたその瞬間、視線だけで殺せそうな鋭い睨みが脳を貫いた。

 後ずさることも出来ず、まるで本当に死んでしまったかのように力が抜け、途端に言葉尻が小さくなっていく。


「さぁどうした? ヤらないってんなら、オレがまずお前を壊してやるぞ?」

「こ……の……! ふざけんじゃねぇぇぇ!!」


 死の恐怖によって急激に酔いが覚めてしまった心の不均衡。それが酔いどれ騎士に剣を抜かせてしまった。

 ハーべを押しのけ、アイリスに向かって突貫。

 これで口実は完璧。抑えられた右腕は動かなくとも、左腕でも殺せるし視線だけでも殺せる。

 それを防ごうとクルルが酔いどれ騎士を庇おうとしたその時——


「——なぁにやってんだ、このバカちんがぁぁぁぁ!!!」


 芯の通った力強い女性の声と共に、ぶん投げられた『お玉』が酔いどれ騎士の後頭部に直撃した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?