『――ひゃんっ!! ちょ、ちょっと! どこ触ってるの!?』
『あん? マスターがさっさと脱がないのが悪いんだろ。ほら早く脱げって』
『ひゃあ! ア、アイリス! わかった、脱ぐから! 自分で脱ぐから!』
「はわわわわ!! な、な、何やってるの……!?」
料理を作る時間があるからと、各部屋に分かれて一息つこうとしていたその時。ソフィアとアイリスの相部屋から聞こえてきた嬌声に、廊下を歩いていたハーベの頬が赤らんだ。
「え、うそ……。あの二人ってもうそんな……!? た、確かにアイリス様はソフィア様だけに心を許していたように見えたけど……。それにしたって早すぎるんじゃない、色々と……!? わたしだってまだ……!」
扉に耳を付け、中の様子を伺おうと必死なハーベ。その頭の中は妄想逞しく、あられも無い二人の姿が映し出されていた。
「でも、魔王様に命を救って貰った王女様なんて、ラブロマンスとしては王道も王道だよね……。そう考えたらソフィア様だって――」
『――まったく、あの時もそうだったけどアイリスってこういうことになると本当に強引よね』
「――――」
恥ずかしそうな、今まで聞いたことのない
と、思ったらもう行動に移していた。
「だ、だめぇぇぇぇ! ソフィア様! お身体はもっと大切に――」
「へ?」
バァンッと、木の扉を壊しそうな勢いで中へと突入。
部屋の中には、想像通りと言うべきか軍服を脱いで半裸のアイリスと服を脱ごうとしているソフィアがベッドに座っていた。
「な、何やっているんですかお二人は……! こんな状況で……! しかも、もうすぐ料理が出来るんですよ!? そ、そりゃあ短い時間でも出来るかもしれないですけど、何もこんな時に――」
「ちょちょ、何言ってるのよ……! ハーベ貴女、絶対に勘違いしてるから!」
「じゃ、じゃあなんで服を脱いでるんですか……!?」
「そ、それはその……」
ハーベの追求に、ソフィアは思わず体を手で隠して顔を逸らしてしまう。その横顔は赤く染まっており、それがまたハーベの頭を沸騰させた。
ギャアギャア騒ぐハーベに、アイリスもため息をついてしまう。
「……何考えてんだこの色ボケ従者は。
ハーベの妄想を止めようとしたところで、アイリスが言い淀む。すると、おもむろにソフィアを見た。
「な、なに……?」
「いや、そういや
「〜〜〜〜〜っ! 結構よ!!」
ニヤリと、揶揄うアイリスに顔をりんごの様に真っ赤にしてしまうソフィア。
「や、やっぱり……」
「も、もう……二人して何言ってるのよ……! いい、ハーベ! これは決して貴女の妄想のようなことじゃないわ……!」
「主人ともなれば家臣の妄想も理解できるんだな」
「ちょっと黙っててアイリス! ――これはアイリスの着替えが無いから仕方なく私の着ていた服を渡そうとしていたの! ただそれだけよ!」
「へ?」
ソフィアの必死の訴えにハーベが固まった。
「な、なんで服を……?」
「余分な着替えなんてないし、アイリスの顔はともかく口調は男でしょ? なら私のこの男服を着た方がまだマシかもって二人で考えて……。そしたらアイリスがせっかちだったのよ……」
「変に脱ぐのを躊躇ってるからだろ。
「そう簡単に人は切り替えられないの! ただでさえ、アナタは美人すぎるんだから! ちょっとは私の葛藤ってものをね――」
「へいへい」
アイリスとソフィアのやり取りで、ハーベは自分の勘違いにようやく気づく。
おかげで、気恥ずさと一緒に肩を下ろした。
「はぁぁぁぁ……。なんだそういうことでしたか……。だったら早く言っていただけたら良かったです……」
「勝手に勘違いしたのはハーベでしょ……。ったく……、まぁ勘違いさせるようなことをしちゃったのは悪いと思うけど……」
恥ずかしさが残るのか、ソフィアは身を抱きしめながら謝罪する。それを聞いてハーベは苦笑し、半裸状態のアイリスを見た。
「申し訳ございません。とりあえず、アイリス様の服が必要ってことでよろしいですね?」
「えぇ」
「なら、予備の服はわたしにお任せください。アイリス様の服ならすぐに手に入ると思いますから――」
それから数分後。
ハーベによってアイリス用の服が到着した。
「黙っていれば女性にしか見えないんですし、違和感を消すにはやっぱり女性服の方が良いと思うんですよ。それで、ルージュさんに余ってる服を売って貰ったん……ですが……」
「これは……。破壊力が凄いわね……」
「なんだよ」
女性陣が完璧に着こなしたその姿を見て絶句する。
アイリスが着ているのは、給仕らしいディアンドル。赤黒のチェックのスカートの上には赤いエプロンが結び目が真ん中に来るように付けられている。
スカートは長く、アイリスの薄い胸元も閉じられて肌は見えない。露出は最低限で、肌を見せることが苦手な娘用なのだろう。
そして、アイリスの仏頂面は相変わらず。普通なら色気は全く感じさせない装いなのだが――
「アイリス……アナタちょっと綺麗すぎない?」
「そうか? まぁそうだろうよ。さっきもちょっと言ったけど、オレらはそういう風に造られてるからな」
人の手で造られた存在だからか、はたまた初代レストアーデ王の
そんな顔の持ち主が、地味な給仕の服を着ているのだ。違和感は逆に発生しているし、見た者はすぐに魅了されるだろう。
もしアイリスが給仕をするとなれば、その店はすぐにでも国を超えて轟く看板娘になること間違いない。
「どうしますこれ……」
「どうしようか……」
「帝国軍服を着てまた変な騒ぎになるよりかは良いだろ。外套でも着て顔を隠すさ」
右手の指だけを鋭く変形させると、ベッドの上に置かれていた軍服を一瞬で切り裂く。無駄な装飾と袖が無くなり軍服はただの大きな黒い布へと早変わり。ソレに左手を沿わせると、指から固定された糸状の砂鉄が漏れ出て加工していく。
十秒もすれば黒い外套となり、アイリスはそれを羽織った。
「おお〜〜」
「アナタそんなことも出来るのね……」
「人をサポートすることなら何でも出来るようになってんだよ。とりあえず、オレはこれで良いとして問題はむしろマスターの方だろ」
「え、私?」
「そうですね……」
ハーベとアイリスが、ソフィアをまじまじと見る。
泥でくすみ、痛んだ髪に汚れた肌。そこに男性服。一見すれば見窄らしい男に見えるのだが――
「短い髪と男の服装、んでもって泥で汚れた姿だからまだ男感を演出できてるけど、いつまでもそうしてるわけにはいかないだろ。マスターはマスターで人並み外れた美貌を持ってんだ。そんな下手な格好はすぐにバレるぞ」
「うぐっ……」
褒められたことに照れを覚えようとした途端の呆れ声。思わず胸を抑えてしまう。
「仕方なかったんだよ、ソフィア様も。今のアイリス様と同じで人の目に止まってしまうお方だからある意味、女性服は似合わなかったんだ」
「だからってそれがこれからも通じるとは限らないだろ? 実際、ルージュとかいう女ってことは分かってたみたいだし。王女ってことを隠したいなら、もう少し良く考えねぇと」
「……やっぱそうだよね。わたしの認識阻害がずっと続けば、やりようはあるんだけど……」
「ハーベは充分やってくれているわ」
力不足を嘆くハーベだが、そもそもずっと魔法をかけ続けていてはハーベの負担が大きすぎる。それを分かっているからこそ、ソフィアもハーベに対してなんの文句も抱いていない。
そんな中、アイリスが首を傾げていた。
「認識阻害? なんだそれは」
「わたしの固有魔法だよ。触れたモノの存在を曖昧にして、人の認識をズラすことが出来るんだ」
「ほ〜そういうのがあるのか。――なら、やりようはあるか。マスター、身体触るぞ」
「え?」
アイリスは軽い口調で問題を解決できるみたいなことを言いながら、ソフィアを後ろから急に抱き締めた。