街を歩き始めてからおよそ一時間。分かったことが二つある。
一つは、街はどこも荒れていること。建物が倒壊しているのは機獣のせいで、細々とした小さなモノが壊れているのは帝国兵と騎士が争った後だろう。破壊の痕を見れば、この街の混乱具合が一目で分かる。
そしてもう一つ分かったこと、それは――
「――おーい! そっちの角材持ってきてくれ! それ梁に使うわ!」
「了解! ささくれ取ったらすぐに持っていく! ――あ、この布、あんたンとこの店に使ってくれ。穴の空いた壁を隠すくらいには使えるだろ」
「いいの!? ありがとう! それじゃあ美味しい差し入れ持ってくるから、ちょっと待ってて!」
「おうっやったぜ!」
「ぼくがはこぶねー!」
「あ、わたしもわたしもー!
混乱に満ちた街とは思えないほど、そこは活気付いていた。
老若男女関係なく、誰もが街を復興すべく元気に壊れた建物や壁を直している。
「思っていたより、みんな元気ですねソフィア様」
「えぇ。こんな状況でも、『誰か』のために動けてる。流石はお父様が親愛し、この領地を任せたリューエルの領民なだけはあるわ」
近くに寄り、耳打ちするようにハーベが言う。
ソフィアの目は、汗を流しながら懸命に――そして悲壮感を出さずに前を向いて復興に励んでいる人たちに奪われていた。
辛いだろうに、鬱屈とした空気を出してもおかしくないだろうに。
それでも、『私』が好きなレストアーデ王国特有の温かさと明るさがそこにはあった。
領主が殺され、街が破壊され、人が減っても、ここで暮らす人たちは生きることを諦めていなかった。
そのことがどうしようもなく嬉しく、ソフィアに満面の笑みを咲かせるのだった。
「人に優しくなれる国。それが私が大好きだったレストアーデ王国よ――」
「――おっ、お嬢ちゃん! 嬉しいこと言ってくれるねぇ! まさか若い子からその名前を聞けるとは思わなかった!」
「ッ!?」
後ろから突然聞こえてきた、喜ぶ男性の声。振り返ると、筋肉質な四十くらいの茶髪男性が木々を持って立っていた。
彼の顔には笑顔が浮かび、ソフィアの言葉を心の底から喜んでいるようだった。
「えっと……」
「おっとすまんすまん、急に大声出して悪かった。けど許してくれ。なにぶん、今日び聞くことが無くなっちまった俺たちの国の名前が聞こえたんだから、嬉しくなるってもんだ。忘れられてなかったんだな――ってよ」
「貴方は……」
「俺か? 俺はグーリス。生まれも育ちも、レストアーデ王国ステラ領のカルメリアよ」
グーリスと名乗った男性は誇らしげに木材を持たない手で胸を叩き、堂々と『レストアーデ』を口にする。
帝国領のど真ん中でこんなことを聞かれでもしたらどうなるか分からないってのに、そんなことは微塵も気にしていないようだった。
「グーリスさん……は、レストアーデ王国が好きだったんですか……?」
「だった――じゃねぇ、今も好きだよ。ってか、レストアーデ国民で国が嫌いっていう奴はいねぇだろうよ。『今の』が、嫌いな奴は多いけどな。ここはまだステラ様たちのおかげでまだマシだけど、他のところはこの十年間地獄なんじゃねぇのかな。
「あんなの……?」
「帝国のクソみたいな行動さ。……ほんと、叶うのなら十年前のあの日に戻って一緒に戦いてぇよ。ずっと守ってくれて、育ててくれた王族に何の恩も返せなかった過去なんて王国民として恥以外の何物でもないからな」
本気で後悔している様に、グーリスは歯を砕かん勢いで噛み締める。
ハイディの効果が切れているわけではなく、ソフィアの正体がバレたわけでもない。
それでもレストアーデの名前を聞いただけで、ここまで悔しさの感情をあらわにしたのだ。その様子を見ただけでも、彼が王族とレストアーデ王国に深い忠誠心を抱いているのが分かった。
「っとと、つい感情的になっちまった。悪いなお嬢ちゃん。急にこんなこと言われても困るだろ」
「いえ、聞けて良かったです。私も幼い頃に来て大好きになっていたので、同じ思いをしてる人がいて嬉しいです。グーリスさんの言葉を聞けただけでも、この街に来た甲斐がありました」
「そうか? そう言ってくれるんだったら、俺も嬉しいねぇ」
朗らかなソフィアの笑みに釣られて、グーリスも笑う。
「見たところ、お嬢ちゃん達は旅人かなんかだな。今のカルメリアは色々あってごらんの有様だが、美味い食いモンは残ってるし休める場所も探せばある。まぁゆっくりしててくれよ。んじゃ、俺は行くからよ――」
「あ、ちょっと待ってください! グーリスさんも、今から建物とかを直すんですよね!? 私も手伝っていいですか!?」
笑顔で去ろうとしたグーリスを呼び止める、意気揚々としたソフィア。それに驚いたのは他の三人だった。
「は? おい、『セレネ』?」
「ちょ、ちょっと『セレネ』様、突然なにを……!?」
「良いでしょ別に。今はやることもそんなにないんだし、私の力が少しでも役に立つなら使わないと勿体無いじゃない」
「い、いやまぁそうかもしれないですけど……」
あっけらかんと言うソフィアに、ハーベが言い淀む。
認識阻害が効いていることもそうだが、目の前で
亡国と化してもなお、レストアーデ王国を忘れずにいてくれる民がここにはいるのだ。
そんなの嬉しくならないわけがなく、ソフィアは王女として王国民の為に少しでも動きたいという心に従うのだった。