ガラガラと崩れる大使館。
瓦礫や大理石、木材が積み重なっていくと不自然に盛り上がる部分が出来た。
「おいおい、やりすぎじゃないか……?」
「状況を無理やり変えようってんだ。これくらいは普通だろ」
盛り上がった部分から出てきたのは、水の膜で身を守ったフリューゲル兄妹とアイリスが砂鉄を操って身を守ったソフィアたち。
前髪が上がったユウマがジト目でアイリスを見て軽口を叩くも、アイリスは気にも留めない。
それもそのはず。モクモクと立ち込める土煙の中、身を守ったのはアイリスたちだけではないのだから。
そのことも、ユウマも分かっていた。
「ひ、ひ、ひ、ひ……!」
「ご無事ですかサルード様」
「あ、あぁ……問題ない……。た、助かったぞい……」
土煙から現れたのは、尻餅をつくサルードと剣を前に構えるベラリオ。どちらも傷を負った様子は無く、彼らの周りには断面が綺麗な瓦礫が散らばっていた。
「どうやら、
「なにを当たり前のことを言っている。帝国軍は完全実力主義。その八割が一生を一兵卒で終えて、一割が
「だろうな」
格別の力を持つと証明されているトルル特別大使をして、そこまで言い切る帝国軍の強さの煮詰まり具合。
アイリスもそれをしかと感じ取っていた。
先のアイリスの攻撃は副長クラスならば確実に重傷を負っている。なのに、咄嗟のことにも関わらずベラリオはサルードを守った上で無傷。散らばった瓦礫を見るに、押し寄せてきたモノを全て叩っ斬ったのだろう。
そんな強者が傍にいるからこそ、サルードも強く出られるというわけだ。
「貴様ら……高貴な我輩にこの様な仕打ちを行うとは……! 許さん、許さんぞ……!」
立ち上がり、アイリスたちを睨むサルードがその太い懐に手を突っ込む。
「サルード様! それをここで放っては……! もう少し開けた場所でこそ――」
「やかましい! 結果が同じであれば、どこで放とうと一緒であろうが! 調教はすんでおるのだろう!?」
「そ、それはそうですが……。分かりました、必ずや御身はお守りいたします」
なぜか血相を変え、覚悟を抱いたベラリオに嫌な予感が膨れ上がる。
「貴様ら全員、粉微塵になって死ぬがいい! 肉片一つたりとも残さぬと知れ!」
サルードが懐から取り出したのは、赤い水晶の様にも見える小さな玉。
それを掲げると――
「『招来せよ! 汝の命は我が手の中に!!』」
「あれは……ヴァルターの魔術の起動詠唱……!? ということは……!」
唾と共に吐き出されたその詠唱を聞いて、ソフィアが目を見開く。
ヴァルターが関わっているという予想が的中したこともそうだが、問題はそこだけじゃない。
圧倒的な力を持つ大隊長がこの場にいるにも関わらず、怒り狂った伯爵が何かを召喚するというのだ。
まず間違いなく、『同等以上』のモノが召喚されるに決まっている。
「さぁ見るがいい! これぞ我らが造り上げた、最強の機獣――アルゴスよ!」
天が揺らぐと、そこに現れたのは大木の様に図太すぎる巨大な脚。
すると、アイリスが背後からやってきた『殺意』と『憎悪』を感知する。
バッと振り向けば、そこにはアステリアが血走った眼でそれを見ていた。
「アレは……お父様を殺した……!」
目に焼き付いていたそれを彼女は決して忘れてはいなかった。
あの巨大な足の裏にリューエルは押しつぶされ、ただの液体と化したのだ。
「こいつはまた……」
「なんなのよこれ……これが機獣だって言うの……?」
アルゴスの全容が明らかになり、フリューゲル兄妹は言葉に詰まる。
その体格は大使館の屋敷と同等。柱の様に太い四つの脚で、見上げるほどに大きな巨体を支えると土埃と地響きが彼女達の下へと届く。
その鋼色の体毛は機獣の証だが、どこか毛の流れは流動的でその存在そのものがあまりにも異質。貌らしき部位はなぜか『二つ』あり、右側の貌には上顎から牙が生え、左側は下顎から牙が生えている。
胴体はまるで子を産む母のごとく膨らんでおり、ソフィアたちを睨むその四つの赤眼からは憎悪の心意が迸っていた。
「「Gaaaa!! ガluwwアぁァ!」」
「うっ……!」
雄叫びのような二重の唸り声がソフィアたちの心を揺さぶってくる。
アルゴスに対する恐怖と生理的嫌悪。生物としての格の違いが歴然で、充てられた憎悪に膝を屈しそうになる。
アイリスを除いて――
「とりあえず、悦に浸ってるお前から」
「なっ……!?」
誰もが意識をアルゴスに集中していたソフィアと、怯えるソフィアたちを楽しんで見ていたサルード。
その伯爵を守るべくアルゴスとソフィアたちに意識を分散させたベラリオの隙間を縫って、アイリスが間合いを詰めていた。
「ぶっ飛べ」
「ぐっ……!」
金属の脚と剣の腹がぶつかって衝撃と共に轟音が響く。
ベラリオがサルードの間に体ごと剣を入れなければ、アイリスは脂肪たっぷりのサルードの胴体を蹴り破っていただろう。
ただ、その威力は絶大。常軌を逸した身体能力を持つベラリオですら衝撃をその場に留めることは出来ず、致命傷を避けるために後ろへと身を委ねて飛んでいく。
「うぉぉぉぉぉぉ――――」
ベラリオの野太い声が、か細くなりながら消えていく。
無理やりだが、一つの脅威を吹き飛ばしたことで状況を整理する『間』が生まれた。
「へ……あ……?」