窓の外に出ていた右手から大きな鐘の音がカルメリア中に響き渡る。
彼が放った魔法は音が出るだけの、ただの生活用魔法の一つだった。
「テメェ、何を……?」
拍子抜けといえば拍子抜け。
だが、この状況では決して似つかわしくないその魔法にソフィアたちは違和感を覚えていた。
その間抜けに見える顔を見て、サルードの笑みがさらに釣り上がるのだった。
「なんだ、お前たちには聞こえないのか? この愉快な鳴き声が――」
「鳴き……?」
そこで開かれた窓から風に乗って聞こえてきた『それ』に、ソフィアとアステリアが真っ先に気付いた。
「――きゃああああ!」
「痛い痛い痛い!」
「ど、どうして機獣がまた……!」
「て、帝国兵が攻撃してきたぞぉぉ!! だ、誰か……助け――」
破壊の音と悲痛の叫び声が聞こえてきたと同時に、途絶えるその声。
見ずとも分かる。
カルメリアの住人たちが帝国軍と機獣によって襲撃されていた。
「くふふふっ! あまりこのような強引な手段は好みではないのだがな、こうなってしまっては仕方ない。我輩に剣を抜かせたのは貴様らだ」
「サルード!!」
怒りと憎悪が籠ったソフィアの叫びがサルードを貫く。
「なんだ貴様。たかが木っ端商会の小娘が、帝国の伯爵たる我輩にその様な口を聞いていいと思っておるのか?」
「黙れ! 今すぐ襲撃をやめさせなさい!」
今こうしている間にも、大事な国民の命が消えている事実。それを思うだけで、ソフィアは自分の視界が真っ赤に染まっていく様に感じていた。
「不思議なものだな。カルメリアの人間がどうなろうと、クリュータリアの貴様にはなんの関係もないだろうに。随分とお人好しの様だな」
「うるさい! 早く止めないと――」
「――止まるのはまず貴様の命の方だ」
一息。
魔法をいつ使ったのか分からない、強化された身体能力でソフィアへと間合いを詰めたベラリオが彼女の脳天へと剣を振り下ろす。
「残念。それだけはオレが絶対に許さないよ」
ガギィンッと金属がぶつかる鈍い音が響き渡る。
風を断つ豪剣を受け止めたのはアイリスの右腕。アイリスはベラリオの動きを即座に感知してソフィアの前に出ていた。
「ほぅ、私の剣をそのような細腕で受け止めるとはな。なるほど、イエティを屠ったというのは貴様か。どうだ? 奴は強かったか?」
「あぁ? あんなんオレにとっちゃイチコロだっての。そっこーでぶった斬ってやったよ」
「そうかそうか」
超至近距離で睨むアイリスにベラリオは笑みを持って流している。
それにソフィアは訝しむ。感知しているベラリオの感情は余裕という感じではない。
これはそう――快楽だった。
「イエティを余裕だと言えるその力量! いいぞ、私は貴様の様な存在を待っていた!!」
「何を――ッ……!」
右腕にのし掛かる剣の重みが急激に増し、踏み締めた足の下で木の床に亀裂が入る。
この数瞬だけで分かるベラリオの強さ。マントをつけ、
「このッ! おいテメェ! サルードがどうなってもいい――」
「悪いが、こちらもそれだけは聞けない要求だな」
鍔迫り合っていたアイリスの右腕から重みが消え、代わりに別の場所から金属音が鳴り響く。
「んなっ……!?」
驚愕にアカリが目を見開く。彼女が槍の鋒をサルードへと向けたのとほぼ同時に、ベラリオはアカリの元へと間合いを詰め、その鋒を弾いていた。
咄嗟の反応で彼女が受け流さなければ、その槍はただの棒切れと化していただろう。
攻防の主導権は完全にベラリオに持っていかれ、それにサルードがさらに調子づく。
「おやおやどうしたのかね? 蹂躙を止めたいのであれば、こんなところで拘っている場合ではないのかね?」
「くっ……!」
ソフィアが歯を食いしばる。
「今、カルメリアを襲っているのは150名の帝国兵に、かき集めて召喚した中型以上の機獣たち。ほら、早く行かないと10年前以上の悲劇が訪れるかもしれんぞ」
「――――」
その嘲笑で今度こそソフィアの怒りが振り切れる。
彼女にとって忘れられない10年前の惨劇。それが今、目の前で繰り返されていることに冷静ではいられなかった。
「アイリス!!」
「分かってるよマイマスター! お前ら、自分の身は自分で守りな!」
アイリスがそう叫ぶと、アカリがベラリオの剣を弾いてユウマの元へと下がり、ソフィアがアステリアを抱きしめて身を小さくさせる。
それぞれが対処に移るなか、アイリスは右腕を巨爪へと変化させ——
「ぶっ壊れろ!!」
床に叩きつけると、部屋ごと大使館を破壊した。