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5-3 「鐘の音」

「ひぃっ!」


 なぜか水気を纏って飛んでくる扉に怯えるサルードに、ベラリオが即座に前に出て一振りで断ち切った。


「ご無事ですかサルード様」

「お、おおっ……! よくやったぞベラリオ!」


 ホッと息を撫で下ろし、頼れるベラリオの背中から下手人をサルードは睨んだ。


「……それで、これはどういう事ですかな? アカリ・フリューゲル殿。大使館に乗り込んだばかりか、部屋を破壊し、あまつさえ帝国を愚弄するなど特別大使といえど暴挙が過ぎるのではありませんか?」


 壊れた扉の前に立っているのは、アカリとユウマのフリューゲル兄妹。その背後に二人の女性がいるのをベラリオが見つけ、無意識に剣を握る力が強くなっていた。

 この場で処断も厭わない物々しい雰囲気で睨まれたアカリだったが、彼女はそれに全く屈しない。

 それどころか誰よりも凄惨に、鋭く釣り上げた笑みでサルードに言葉を返す。


「暴挙だぁ? それはこっちのセリフだっての。テメェら、よくもアタシらを嵌めようとしてくれたな。一介の伯爵ごときがアタシらを殺そうなんぞ、随分なことじゃねぇか」

「お二人を……殺す……?」

「ッ……!? な、なんのことでしょうか……?」


 事態が飲み込めないアステリアをよそに、アカリの言葉でサルードの鼓動が早くなる。

 フリューゲル兄妹のもとには、暗殺兵はおろか帝国兵すら送っていない。計画が漏れる要素は一つもなかったのだ。

 だが、その疑問はすぐに氷解した。


「しらばっくれてんじゃねぇよ。こちとら全部知ってんだ。テメェらが機獣をカルメリアに送って領主を殺したのも、機獣を大量発生させてるのも、クリュータリアの商会を殺してアタシらもろともここを機獣に襲わせるのも――全部な。よくもまぁここまで大層な乗っ取り計画を練ったもんだ」

「――――」

「サルード伯爵が、お父様を……!? そんな……どういうことですか……!?」


 思いがけない事実を聞いてアステリアがサルードを問い詰める。

 並べられた出来事は何もかも荒唐無稽で、信じられないものばかりだったがトルル特別大使からの言葉だ。信じるには値する。


「で、出鱈目を……! 特別大使ともあろうお方が、そのような陰謀論めいたことを言わないでいただきたい! これは正式に抗議させていただきますぞ!」

「出来るモンならやってみろよ。こちとら証拠は集めてんだ。――ほら、目をかっぽじって見ろ。テメェらンところの大事な大事な帝国兵だろ?」


 アカリが顎を動かすと、後ろにいた黒髪の少女――ソフィアとアイリスが前に出る。

 ここで遂にソフィアはアステリアに会うことが出来たわけだが、ここで余計な言葉は発しない。

 疲労でボロボロになっている彼女の姿に胸を痛めながら、そんな彼女を解放せんとサルードの前に証拠たる帝国兵――暗殺者ヨハン・ヴェルデを投げ捨てた。


「機獣を……カルメリアに……。レイトン商会と……トルル…特別大使を排除……。サルード様の……第二次カル……襲撃計画を――」

「ッ……!」


 地を這い、虚ろな表情から垂れ流し状態で溢れる計画の内情。それを聞かれて、今度こそサルードの呼吸が一瞬止まった。

 否定しようにも、ヨハンの存在が邪魔をする。

 言葉に詰まってしまったサルードを見て、真実を悟ったアステリアがその心に憎悪の炎を宿した。


「サルード伯爵……! 貴方は……!」

「はぁぁぁぁぁぁ……」


 厳しい目と殺意を向けられるも、サルードは意に介さない。彼の胸中にはこれまでの策略が無駄になったことの諦観と不甲斐ない部下への怒りが篭っていた。


「この役立たずが。暗殺に失敗したどころか、計画の内情までペラペラ喋りおって。喋るくらいなら死ねば良いものを。無能な人材はどこにでもおるのだな、ベラリオ大隊長プリムス

「はっ、誠に申し訳ございません。この件につきましては敵の力量と部下の無能を見抜けなかった私の不徳の致すところでございます」

「まったくだ。であれば、どうするべきか分かっておるな?」

「はっ!」


 ベラリオが沈んだ表情を見せたのも束の間、目にも止まらぬ速さで何もない空間を分厚い剣で撫でると、滔々と言葉を吐いていたヨハンの首がスパンッと断ち切られた。


「え――」


 アステリアの呟きとともに顔の無くなったヨハンの首元から血が絨毯へと染み込んでいく。


「この場にて真実を知った者を処断し、計画を無理やり完遂いたします。サルード様はご準備を」

「うむ。――貴様ら、我輩たちを愚弄したことは決して許さんぞ」


 バッと右腕を後ろに向け、窓を開けたサルード。

 その前で邪魔させまいとサルードが剣を縦に構えて立ち塞がる。それを見てアイリスたちが戦闘態勢に移った。


「アステリア様、こっちに来て。私たちの後ろから決して離れないでください」

「え……あ、はい……」


 事態が何度も急変して飲み込めていないアステリアをソフィアが支えて自分の後ろに隠す。

 話し合いでどうにか出来る段階ではなく、乗り込むことを決めた時点でソフィアたちも最初からこうなることを予見していた。

 重々しい緊迫感が部屋を包む中、真っ先に動いたのはサルード。

 帝国らしい攻撃力の高い魔法が飛んでくるのかと、ソフィアたちが身構えた。


「さぁ、後悔しながら死ぬが良い! ――【鐘の音リンゴン】」

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