よっぽどの信頼か、あるいは希望か。帝国以外に頼れる存在がいることで、喜色を滲ませるアステリア。
それを聞き、サルードの勢いも少し落ちる。彼にとってその二つの存在は突かれて困る手だった。
「もう少し経てば、朗報が届くでしょう。少なくとも、今いる機獣の数を大幅に減らしてくれているかと思います」
「それについては我輩の方でも情報を仕入れております。確か、クリュータリアから来た商会だとか。なるほど、確かに彼らを使えばそれらは叶うかもしれませんな」
実のところ、余裕がないのはサルードの方も同じ。
クリュータリア紹介の存在を知ったからこそ暗殺という命令を出し、こうして強引に全権を握りにかかっている。屈強な帝国兵が負けるとは思っていないが、ここまで慎重に事を進めてきた身とすれば『計画』を仕損じる訳にはいかないのだ。
命令自体は知らないが、この状況下でもアステリアはサルードの焦りを見抜き、そこを正しく突いていた。
お互いに第三者の存在に賭け、お互いにとっての『朗報』の為に時間稼ぎをしているこの会合。
だが、それでも主導権を握っているサルードの方が取れる選択肢が一つ多い。
「ですが、本当に彼らに運命を委ねていいとアステリア様は思っているのですか?」
「……どういうことです?」
「帝国軍の力を借りるつもりはないのでしょうが、だからと言って彼らの力を借りてもこの地に『力』がない現実は変わりませんよ。所詮は外部の人間で『お金』のみで繋がっているに過ぎません。今の財政状況では、その繋がりは酷くか細いのではありませんか?」
「……ッ」
湧き出ていた自信が砕かれそうになり、彼女の口から言葉が止まる。
「ましてやアステリア様が依頼しているのはただの
「ッ……!」
今度こそアステリアの顔が青ざめる。追い込まれた状況に、圧倒的な力を持っている存在が見つかった情報を聞いて視野狭窄になっていたのだろう。
サルードの言葉で思い描いていた最悪を超える事態が起こる可能性を彼女は察してしまった。
失敗すれば賠償金も払えず、トルルとクリュータリアとの関係も悪化させてしまう。そうなればもう、ステラ領は土台から破壊されるも同然だ。
青ざめ俯く彼女に、サルードは優しく声をかける。
「ですが、全権を我輩にお譲りになられるのであればそのような心配も負担も必要ありません。この地が『サルード領』になれば、責任を成し遂げる力がある身として、人々たちは必ずお守りいたしましょう。――それでいいでありませんか?」
「それは……」
「もう一度おっしゃいます。アステリア様の無茶で命を落とすのは、貴女の大事な領民なのですよ」
その言葉でアステリアが荒ぶる心臓を抑える。これまでの心身疲労に加えて、事実上の敵国たる『大人』との話し合い。そして重く認識した数多の命の責任の所在。
父親や沢山の騎士を失ったばかりの、齢16の少女が背負うにはあまりにも大きすぎた。
そんな彼女を見て、サルードはほくそ笑む。
「(家督を譲られたばかりの小娘にしては頑張ったが、ここまでだな。この小娘では九万の命を背負いきれはしまい。貴様にもう選択肢はないのだ――)」
この場の趨勢は完全に喫した。アステリアにはもう抵抗する力も意思もない。
あとはもう順番の差でしかない。この場で全権を譲られるか、朗報を聞いた後に全権を譲られるか。
ステラ領がサルード領になるまでもう時間はほとんど必要ない。
「(状況がどう転がろうと、機獣を動かして人々の窮地を我らが再び救えば全権がなくとも領民の人心が我輩を領主と認めるであろう。この手段を取るならば、こちらにも多少の犠牲は出るだろうが、些細な問題でしかない。我輩は必ずや『あの方』の計画を成し遂げてみせる)」
ノーリスクでステラ領を手に入れられるならそれで良し。帝国軍に犠牲が出ようと、サルードにとっては代わりが効く人材でしかない。
力なき者は淘汰される。サルードがアステリアを見下すその図はまさにそれだった。
「さぁアステリア様。ご決断を。今ならすぐにでも帝国兵たちを派兵して――」
その言葉を遮ったのは、荒ぶる足音と壊しかねない勢いで開けられた扉の音だった。
「サ、サルード閣下!!」
「きゃあ!」
転がりそうな勢いで入ってきたのは、若い帝国兵。顔面蒼白で滝のような汗をかき、訴えるようにサルードを見ていた。
だが、サルードはその視線を怒りで返す。
慎重に事を運び、せっかく後もう少しのところでアステリアの心を砕けそうなところを邪魔されたのだ。今すぐにでも斬首したい気持ちに駆られていた。
「貴様! ここを何の場と心得る! 今は大事な——」
「申し訳ございません……! ですが、緊急事態なのです……!」
「緊急事態?」
のっぴきならない状態を悟ったのか、ベラリオが剣帯に手をかけて伯爵に近づく。
帝国兵の後ろからはまだ荒ぶった足音が聞こえており――
「――邪魔するぜ、帝国のクソ野郎ども!」
轟音と共にアカリによって蹴破られた扉がサルードの顔面に襲いかかった。