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6-2 「鏡」

「母親だと……?」


 サルードの愉悦に満ちた声がアルゴスに届くと、途端にその腹が大きく何倍にも膨れ上がる。


「——ッ!!」


 突然の異常に、咄嗟に間合いを取りアイリスは様子見。

 だが、アイリスに攻撃はやってこない。アルゴスの脚はまだ千切れたままで、体は伏せっている。

 ところが、その三秒後。アルゴスの背中側——総排泄肛から粘液を纏った『卵』が大量に生み出された。


「産卵……か?」

「その通り! アルゴスの脅威はその巨躯と無限の攻撃にあらず! 真に恐ろしいのは、己が食べた機獣を新たに産み出すことよ!」


 ビキビキッと卵に亀裂が入り、中からソレらが飛び出してくる。

 ガルム・コボルト・グラスナー・クイービー。さらには成長前と思わしきイエティまで。

 これまで狩ってきた機獣が勢揃いであり、ソレは同時に今までの機獣の大量発生がアルゴスによるものだと察せられた。



「ここまでするのに、苦労したんだぞ。カルメリアを落とすために、機獣を改造し、各所から機獣を集め、アルゴスに食べさせたのだ。その過程で大事な兵も失ったことも考えれば、この任務は必ず成し遂げなければならぬのだ。貴様らのような薄っぺらい正義感なぞ、コイツの餌にもならんと思え!」

「ッ……!?」


 赤い水晶をアルゴスに向かって掲げると、ビィィィィと金具を擦り合わせた様な不協和音が鳴り響く。

 それこそが機獣を操るアイテムなのだろう。ソフィアの推察を証明するように、唸りを上げながらガルムが駆けてくる。


「このっ……!」


 鋭い歯でアイリスの腕を噛み砕かんとするその大きな口を右腕で両断。

 一瞬で絶命した機獣仲間に構わず、続けてコボルトやグラスナーなど、生み出された機獣が次々と襲いかかってくる。

 当然、そんなものにやられるアイリスではない。


「今更こんな機獣を生み出してなんになる! 命の無駄だろうが……!」


 生み出す剣に地中から発生させる鉄の杭、変形させた右腕と戻した左腕。一気呵成にとやってくる機獣だが、今のアイリスにはソレこそ意味がない。

 一体一体は確かにアイリスを傷つけられるが、それよりも機獣たちの命を簡単に蹴散らす方が早い。


「無駄? いいや、違う。これは美しき家族愛なのさ。よく言うであろう? 子は親を守り、親は守ると——」

「なっ……!!?」


 ニヤニヤと頬を吊り上げるサルード。

 言葉に釣られて視線の先を見ると、そこには四本脚で立つアルゴスの姿があった。しかも、その様相はどこか今までと違っており——


「「luwwガアぁァァアAAlaァ!!!」」


 ただの雄叫びが衝撃波となって地面を抉り、瓦礫を吹き飛ばす。怒りのせいか巨躯は赫くなり、機獣を殺したアイリスを睨んでいた。

 その殺意が形となって現れる。


「このっ……! 威力が……!」


 これまでとは比べ物にならない、攻撃速度と威力。伸ばされた体毛は軌道予測を上回る速度と密度で放たれ、防御に使った左腕を簡単に吹き飛ばした。


「これは副産物でな。我輩らも想定していなかったのだが、たとえ機獣であっても自身が生み出したモノには母性本能が宿るらしい。それ故に、『我が子』を殺し続けた貴様を憎み、その身を殺さんと動いているのだ」

「オレを——」


 おもちゃを自慢する子供のように、嬉々として解説をサルードはアイリスに届ける。


「お前も、復讐したいってか……」


 改造されたことによる『人』への破壊衝動とアイリスそのものへの殺意衝動。その二つの本能がかけ合わさり、復讐の攻撃がアイリスを襲う。

 その高威力によって体勢が崩れると、今度はアルゴス本体がその体躯に相応しくない速度で駆け、アイリスに体当たりした。


「ガッ……!」


 途轍もない衝撃がアイリスを襲い、地面に数回バウンドしてようやく停止。

 だがアルゴスが停止する理由もなく、跳び上がってアイリスをストンプする。

 何度も、何度も、何度も——

 ひたすらに、執拗に、アルゴスは怒りのまま暴威を叩きつけていた。


「あ……う……! このッ……!」


 埋め込まれた土の中。四肢で攻撃をしているからこそ生まれる隙間を利用し、砂鉄を集めて盾を作るも、威力減衰は全くしない。

 鉄の壁は紙のように蹴破られ、巨大化させた右腕で防ぐことでどうにか直撃は回避している。

 それでも逃げ場のない土の中だ。建物を容易く破壊するであろうその攻撃は、余すことなく衝撃をアイリスの全身に伝えていく。

 気を抜けばバラバラになりそうなほどに身体が軋む中、アイリスはあることを思っていた。


「(……まるで鏡を見せられている気分だな。駄々を捏ねるガキみたいに、たった一つの感情を叩きつける。これが、オレたち復讐機の在り方とでも言うのかよ。——なぁ、レストアーデ)」


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