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1−1  「本来の魔法」

「やあぁぁぁぁぁ!!」


 木剣がぶつかり合う乾いた音が、大海原の果てまで響いていく。

 暑い陽の光の下、青く輝く海

 大型帆船の甲板で『変装』をしているソフィアとクルルが戦っていた。


「『捧げる祈り。奏でられる調べは癒者の手に。施しを君に。注ぐ命の雫――【回帰の癒手セラフィ】』」


 クルルの熟練した剣戟を二本の短剣でどうにか防いでいく中、ソフィアが魔法を展開。

 先の戦いで身につけた『強化』を使い、自身とクルルに付与する。


「はぁぁぁぁぁ!!」

「まだまだッ!」


 右の短剣を振り下ろし、避けられたところを勢いのまま回転して逆手で持った左手の短剣で突き刺さんとする。

 それをクルルが木剣の鎬で受け止めると同時に、前に踏み込んで振り下ろす。


「くっ…!!」


 足に力を入れ、回避に全振りしてその場から離脱。

 即座に転身して切り掛かり、二本の木短剣と一本の木長剣が交差する。

 至近距離で視線を交わす二人の表情には笑みが浮かんでいた。

 二人の激しさは、陽の光の熱にも負けていない。


「これすらも受け止めるのね……!」

「『セレネ』のおかげで強化もされておりますから。それに――まだまだ技で負けはしませぬよッ」

「ッ……!!」


 ソフィアの呼吸の隙を突いたクルルが腕を跳ね上げると、二本の短剣が弾かれ宙を舞う。横薙ぎに振るわんと構えるクルルの前で、無防備の胴を晒すソフィア。

 そのうえ――


「――――」


 音もなく、『マスト』から飛び降りてきたハーベがソフィアの脳天に向かって木剣を振り下ろそうとしている。

 上と前方からの二面攻撃。重心も後ろに崩れているせいで、踏ん張ることも出来ない。これが真剣なら刹那の時間でソフィアの命は絶たれるだろう。


「こ、のぉぉぉぉ……!」


 寸前。

 後ろに崩れた重心を利用し、逆手で床に手をつき後方に回転。クルルの斜め斬りを躱すのと同時に、強化した瞳がハーベの木剣を捉えて硬い靴の底で弾き飛ばす。

 回避と防御の二連行動。否、攻撃も含めた三連行動だ。


「――お見事。諦めず、よくぞこの隙を見逃しませんでしたな」

「一秒を足掻き続けるのが私の信条だからね」

 二人の攻撃を防いだその瞬間に、再び床を前に蹴ってクルルに接近。その喉元にはソフィアの貫手が突きつけられていた。

 クルルの死亡認定で訓練は終了。

 ふぅと一息つき、ソフィアたちは力を抜く。

 空気が弛緩し、魔法も解けるとぴょんぴょんと跳ねる様にハーベが近づいてきた。


「凄いですよ『セレネ』様! 進化した魔法をもう完全に使いこなしているんですね!」

「進化したって大袈裟な。ただ私は、みんなみたいに魔法の解釈を広げただけで……」

「いえいえ、大袈裟ではありませぬぞ。確かに魔法の解釈を広げて、単一の魔法を変化させてはいますが――」


 クルルが魔法を発動させ、実例を示す。彼の魔法は『障壁』であり攻撃を防ぐものだが、その硬さを活かして敵を圧し潰す『面』の攻撃も可能としている。


「これはあくまで使い方を変えているだけでございます。『セレネ』の様に『治癒魔法』でありながら『強化魔法』の二つの効果がある魔法は、『帝国魔法』にすら存在しないでしょう。こう言うのは変でしょうが、『セレネ』はようやく『本来の魔法』を身に付けたといえるのかもしれません」


 感慨深く伝えるクルルに、ハーベもまるで自分のように両手を上げて喜ぶ。


「そうですよ! しかも、その魔法が『人の為』になっているってのが『セレネ』様らしいですよね〜。身体を強くさせてくれたり、治してくれたり。魔法に『セレネ』様の魅力が詰まりに詰まっています!」

「ははっ、ありがとうハーベ」


 大興奮のハーベに釣られ笑みを浮かべて返すも、ソフィアが己の手を見つめるとその笑みは途端に消える。

 本来ならば、使用者への効き目は弱かったはずの己の魔法。だが今はそんな枷から解き放たれている。

 全てはあのカルメリアでの戦いを経てから。【回帰の癒手】に対する認識が広がっていた。

 否、それだけではない。自身の魔法について、ソフィアはまだ二人に伝えていないことがあった――


「『本来の魔法』、か……。――そういえば、アイリスはどこにいるの? 船に乗ってから一度も見てないけれど」

「あーアイリス様なら、あそこですよ。見張り台で寝転んでたり、海を見たりして気ままに過ごしてます。呑気なものですよね、あの人が『この道』を進むって決めたのに」

「まぁアイリスなりに考えがあるのよ。私も、彼女の意見には賛成だしね」

「もー、『セレネ』様はすぐにそうやってアイリス様を甘やかすんですからー」


 ぶーたれるハーベに、ソフィアは苦笑する。

 そんな彼女を慰めるように頭を撫でながら、ソフィアはアイリスがいる見張り台の方に視線を向けて思いを馳せる。

 その胸中にあるのは、今から二日前。

 今、専用の帆船に乗り『トルル海洋共和国』に向かうと決めたことと、アイリスから伝えられた『魔法の真実』だった――



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