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6-4 「第三幕の始まり」

「――ラァッ!」


 イエティの剛腕を軽く躱し、腕をもぎ取ると同時に延髄に向かって踵落とし。太い首を斬り飛ばして絶命させる。

 そのまま着地と同時に次の機獣を狙って飛びかかり、一息でガルムを粉砕する。

 ここら一帯は既に機獣の残骸が散乱している。その大半をアイリス一人が成し遂げていた。


「ふんっアルゴスでもねぇ木端機獣の分際で、オレの相手になると思うなよ。全部ぶっ殺してやるから覚悟しな」


 機獣特有の緑の血を払い、次の獲物へ。その力の差は圧倒的で、用意された機獣はみるみるうちに減っていった。


「流石……とでも言えばいいのかの? つくづく彼奴が味方で助かったわ。お主も機獣相手に余裕を持てるみたいじゃしの」

「まぁ、これでもアイリスのマスターだからね。このくらいは出来ないと、あの子に失望されるわ」


 蹂躙するアイリスに呆れながらも機獣を倒すライハ。その動きには余裕があり、傷を負うこともなくグラスナーを破壊していた。

 そしてそのすぐ傍でソフィアが戦っているのはイエティ。しかしそのイエティも、ソフィアによってあちこち切り刻まれ息を引き取っている。

 カルメリアでは、アイリスに庇われるだけの相手であったが、強化魔法の習得と大隊長プリムスを撃破した経験が活きていた。

 そんな成長した自分に感慨深くなっていると、二人の耳に男の野太い悲鳴が届いてきた。


「う、うわぁぁぁぁ!! た、助け……た、助けてくれぇぇぇぇ……!」

「おい、この程度で怯えてんなよ。もっと抵抗しろよ、なぁ……! お前らが仕掛けた戦争だろうが……! お前らがちゃんとしねぇと、オレが満足に破壊出来ねぇだろうが……!」


 左腕を失い尻餅を付き、後ずさるアスミ派の武者の前にいるのは右手を顔を赤い血で染めたアイリス。

 その顔はまるで興奮する人間のように紅くなっており、迸る殺意の濁流が武者を襲っていた。

 見る人が見れば暴走しているようにしか見えない。


「おいソフィーリアよ! アレは大丈夫なんじゃろうな!?」

「大丈夫よ! 一応、我を失ってはいないわ!」


 機獣と武者、両方を倒しながら一番の敵はアイリスかと思ってしまうほどに焦りを見せるライハ。

 それを、アイリスから伝わる感情を元にソフィアはアイリスの暴走を否定する。


「あれは多分、久々に人を相手にしてるからちょっと箍が外れてるだけだと思う。ちゃんと敵味方の区別はついているみたいだから安心して」

「ならええが、もし一般人にあの右腕が振るわれるようじゃったら真っ先に潰すからの!」


 怯える武者を右腕で破壊し、アイリスは次の標的へ。一般人を襲う武者の胸を貫き、そのまま両断。溢れる血が一般男性を濡らすが、それに構うことなくまた次の武者を襲う。

 そう、これこそが人類へ復讐を誓ったアイリスの本性。

 時を超えても復讐を忘れることなく、憎悪と憤怒を持ち続け、人類を滅亡させるために蘇ったアイリスだ。だが、目覚めてからここに至るまで、アイリスが破壊した人は目覚めた時の二人とカルメリアでの襲撃による十人の帝国軍のみ。まだ十二人しか、その身に赤い血を浴びていないのだ。

 一方で、アイリスが見逃した命はそれより遥かに多い。ソフィアとの契約とはいえ人類の命を奪えないのはそれだけで人間でいう『ストレス』を抱えていたのだ。

 それが今、敵限定とはいえ好きに破壊出来るとなれば、アイリスのテンションが跳ね上がるのも無理からぬ話だ。


「さぁ、次はどこのどいつだ!? もっとオレに破壊させろ!」


 アイリスによる蹂躙劇は止まらない。元より数も質もクーデター派より多いのだ。

 混乱状態が落ち着けば、アスミ派も海賊も機獣も、三つの敵勢力はそれぞれに配置された強者たちによって消滅させられる。

 敵にとっての大誤算はやはりレストアーデ組がいて、ライハと同盟関係を結んだことだ。

 練りに練ったであろうクーデター計画が失敗に終わるのも時間の問題だ。

 ――このままでは


「――ここまでやるとは思わなかったですぞライハ殿。ですが、これで終わりではありませぬ。拙にはまだまだ『手』があるのです」


 トルルのどこか。一人佇むアスミが怪しく笑みを浮かべている。そこには失敗の恐れも怯えも一切なく、ただひたすらに計画が成功する確信に酔いしれていた。


「先日の海賊から始まり、謀反――そして第三幕の始まりだ。受けるが良い」


 その瞬間、シンラ全体で異変が発生。

 各所で倒され、数を大きく減らしたアスミ派武者、機獣、海賊たち。しかし残った敵勢力が突如『増殖』し、戦力差が一瞬にして覆った。


「これは……!?」

「増援……!? いや違う、これは同じ人が増えているわ……!? この魔法って……」


 二人、四人、八人とネズミ算式に増えていくアスミ派武者や機獣たち。もはやその勢いは留まることがなく、ソフィアたちの視界が武者たちによって埋め尽くされた。

 その隙間を縫って動く影が一つ。


「ライハ様……!!」

「――ッ!!」


 呼びかけたのは行方知らずだったカイリ。顔面からつま先までボロボロで、美しく輝いていた黒い髪は見る影も失っている。

 ずっと心配し続けた愛する妻をそんな無惨な姿に変えられ、ライハの中であらゆる感情が入り乱れた。

 それは、刹那で状況が変わるこの戦場において致命的すぎる隙。

 電気信号によって真っ先に『ソレ』に気付いたアイリスの言葉に、ライハは反応出来ない。


「ライハ、ソイツは違う!!」


 ボロボロのカイリが脱皮するように抜け落ち、中から出てきた妖艶な笑みを浮かべるがライハの首元を噛み千切った――


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