「――ぐあっ……!」
「ア、アスミよ……! 血迷ったか……! ライハ殿を……トルルを裏切るとは何事だ……!?」
「裏切る? あぁ確かにお主ら目線ではそう見えるかもしれぬが、思い出すがいい。トルルにおける当主の資格は極論『実力があること』ただそれだけじゃ。とすれば、拙がライハに刃を向けて何が悪い。この国の制度に則っているだけにすぎんよ」
老中たちが集められたとある大広間。そこら中に血痕が飛び散り、死体となったヤエの隣にヨヅルが死体となって横たわる。
その下手人たるアスミは穏やかな笑みを浮かべながら、ハイロウに近づいていった。
「抜かせ……! たとえそうであっても……国民に支持されぬ当主があってたまるものか……! お主のような裏切り者についていくモノなぞ一人もおらんわ!」
「ほう。であれば、消すまでじゃ。拙に従わぬ者、全員。一人残らずの」
「なっ……! 正気か貴様……! どこまで欲に堕ちれば……! そんなに当主になれなかったのが悔しかったのか!?」
誰もが従属するその未来の光景を思い浮かべ、恍惚に浸るアスミに失望と怒りの感情をハイロウはぶつける。
それがアスミの表情から笑みを奪った。
「悔しい、か。そうだの。拙は悔しかった。これまでこの生涯をトルルに捧げていながら、たかだか災害一つ止めただけで持て囃され、全てを奪われた小童にの。嫉妬に狂い、あやつの後ろを歩くたびに吐き気がしたわ。本来であれば、そこにいるのは拙だというのに……!!」
自己中心的であまりにも理不尽なその動機。十年前の災厄でライハが立ち上がらなければトルル自体が消滅していたのだ。
その事実を無視して、自分の都合の良いように捻じ曲げるその姿は憐れみすら覚えかねない。
「民の行く末を無視して、国の長になりたいだけの人間がどうやってトルルを治める……! どうしてトルルを導けると思う……! あの災厄の時、お主は何もせず命惜しさに、ただただ引きこもっておっただけではないか! その分際で、民のために立ち上がり続けるライハ殿に刃を向けようなどと……!」
「やかましい! そのような言葉に拙はもう惑わされん……! その段階はとうに過ぎたのだ……! この復讐の灯火だけは、たとえ忌々しい兄妹の魔法であっても消させはせん!!」
論理の破綻。道理もなく、身勝手な復讐欲に取り憑かれているアスミはもう止められない。
余計な権力者はこの場にて全員殺すつもりだ。
「そこまでの害意を持ちながら……どうしてカイリ殿は……」
「フハッ! こいつは滑稽だ! テメェらは随分と頼りにならねぇ力にご執心だったみてェだな!」
あり得ざるべき事態に嘆くハイロウに横槍を入れたのは、帝国の軍団長へべレスタ。太い身体に似つかわしくない凄惨な笑みを浮かべてハイロウやトルルにいる人たちを蔑んでいた。
「どういう、ことだ……!」
「判らねェのか? 災害の害意すらも見抜くと言えば聞こえは強いが、その力は所詮脅威を『感じる力』が強いだけだ。言ってしまえば人間なら誰もが持つ危機管理能力の延長線上に過ぎねェんだよ。それなのに、ご大層に崇めちゃってよォ。これが滑稽じゃなくてなんだってんだ!?」
顔を近づけ、嫌味ったらしくへべレスタは告げる。
「いいかァ。災害ならまだしも、そもそも『人』の心・感情がそんな単純なモンかよ。特に、外交にしろ謀略にしろ、こーいうのはいかに心理を読み取らせないかが鍵なんだ。卓越した奴なら何一つ読み取らせずに奸計を敷くことだって可能だ。心を操れない奴は舞台にすら立てねェのさ。それがお前らであり、操れるのが目の前にいる俺様たちだ。――まぁ、俺様の場合は心が二つあるっつー特別性だがな」
「ッ……!!」
「テメェらが憐れなのは、そんなことが出来る奴らがいることも知らずに、重役にも関わらず狭い自分の世界だけで人を推し量ろうしてる奴に縋ったことだァ。あの女がもう少し『外』に出てりゃあまだマシだったろうよ。宝の持ち腐れたァこのことだな――」
単なる経験不足。それが今回の敗因だとへべレスタは嘲笑する。
反論したいところだが、こうして結果が出されてしまっている以上何も言うことはできない。ただ悔しさに睨みつけることしか出来ず、それがハイロウにとって最期の抵抗だった。
ハイロウに虚しき後悔を植え付けるように、ゆっくりとアスミが近づき、歯を食いしばる彼の顔に骨のように細い指を添えた。
「『震え、囁く怯懦の贄。我が胸にあるは自壊の理――【朽木の鈍い《のろい》】』」
魔法が唱えられた瞬間、植物の水分がなくなるようにハイロウの全身が一気に枯れ木のごとく干涸びた。
軽く叩けば木槌を叩く音のように、人体から鳴っているとは思えぬ乾いた音が鳴って、ボロボロと崩れ落ちる。
その様を笑顔で見届けたアスミは己の魔法の威力に耽った。
「クカカッ! まっこと凄まじい力だの、あの『解錠結晶』とやらは! 本当に拙の魔法かと疑いたくなるわい!」
「調子に乗るなよジジイ。テメェみたいな奴には勿体なさすぎる力なんだからよ。使わせてもらってることに、ありがたく思えよ」
「分かっておるわ。それで、其方の方はどうじゃ? これ以上、計画の前倒しはごめんじゃぞ」
「だから、それは『解錠結晶』を渡したことでチャラだろうがよ。ネチネチ言いやがって。俺様はテメェの部下じゃねェんだぞ。陛下の命令だ、テメェに言われなくてもちゃんとやってやるよ」
一々上からモノを言ってくるアスミに苛立ちながらも、へべレスタは怒りに身を任せない。
優先すべきは皇帝陛下の命令であり、それを実行すべく懐から赤く光る水晶玉を取り出した。
「最終フェーズの始まりだ。『招来せよ。汝の命は我が手の中に』――」