目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

5-7 「混沌の始まり」

「あやつら……!?」 

「平和ボケを突かれたなぁライハ。害意が見抜けなかったらこんなもんか?」

「あぁ、あぁ……! その謗りは甘んじて受け入れよう……! ワシが甘かった……!」


 敵側の準備が整っていなかったこと、こちら側に落ち着ける時間があったことは紛れもない事実。

 その上でライハが考えていたことは、祭り中には決して手を出してこないという相手に依存した信頼だった。

 トルルに叛旗を翻したとはいえ、狙いは『トルル』という国ではなくライハ派たち。『実力主義』を掲げている以上、成功させれば国民達は納得して当主交代を受け入れるしかない。

 それはつまり、生産力・経済力・外交力など、あらゆる国力が残ることを意味する。虐殺などといった国民を無駄に殺しては権力保持すら難しくなるだろう。

 『今後』を考えればクーデター派は取らない手段と考えていただけに、国民に多大な混乱をもたらして憎悪と怒りを残させる行動を排除していた。

 一つ、二つ、三つ。爆発音と共に人と建物がその形を失った。


「この……! 好き放題しおってからに……! そも、なんじゃあの魔法は……! あの様な大規模な破壊に特化した魔法を使う者はこの国にはおらんはずじゃ!」

「だとすれば……帝国の【無窮の礫リトスペトラ】? でも、あれは巨大な岩をぶつけるだけで、あんな火は出ないはず……。そもそも、あんな力を連発出来る人がここにいるとは思えないし……」


 この場にいる『現代人』たちが圧倒的な破壊の力に慄いている。こうも刹那に広範囲を粉微塵にする力なんて機獣にすら不可能で、完全に未知でしかなかった。しかもそれが、矢継ぎ早に飛んでくるとなれば尚更。

 しかし、アイリスただ一人だけが、眼下に広がる破壊を齎す『既知』の攻撃手段に驚いていた。

 空気に乗って漂ってきたその臭いを鼻腔感覚センサーが感知する。

 ――それは、だった。


「砲弾、だと……!?」


 聞いたことのないアイリスの驚愕の声色に、事態の逼迫さが際立ったのをソフィアたちは感じ取った。


「アイリス、その……砲弾っていうのは……?」

「……オレの時代。破壊しか生み出さない兵器の一つだよ。お前らの言う魔法が使えない人間でもお手軽に扱える『機械文明の産物』だ」

「――ッ……!?」


 ソレと向き合ってきたアイリスだからこそ分かるその答えに、記録映像を見たソフィアだけが戦慄する。

 【機械仕掛けの恢戦】で生み出された草の根も生えない戦場痕の多くは、あの破壊の力が作り出したということを思い出したのだ。

 アレが魔法の力ではなく誰もが持つことが出来た力という事実と、それが今ここに蘇っている事実に心が粟立った。


「その砲弾……ちゅーもんはよく分からんが、とにかくアレを放置する選択肢はない。そうであろう?」

「あぁ。お前らに言うことがあるなら、アレは『有限』の力。放つ矢が無くなれば、その時点で攻撃は止む。問題はそれがいつ訪れるかだが――」


 ここでアイリス――そして気付いていたソフィアが言わなかった問題がもう一つだけある。

 砲弾は『機械文明のモノ』。それがこの世にあるということは、造った者には現代人を縛る『枷』が無いということに他ならない。

 しかも、その枷を外して兵器を開発・運用し、これまで隠蔽し続けた事実。その秘密兵器に等しいその砲弾をこうも簡単に見せつけたということは、調べられても問題ないと言えるだけの兵器がその『奥』にあるということにもなる。

 そんな事が出来るのは、帝国において他にはいない。となれば、帝国軍人が超能力の様に複数の魔法が使えることに説明がつく。

 ――帝国は、

 それがソフィアとアイリスが同時に至った結論だった。そこから推察がいくつも派生するが、それを考える時間はない。

 砲弾によるものと思われる火薬の破壊音がシンラを貫くたびに、そこら中から悲鳴が飛んでくる。


「――『放て穿ち、黄泉の地へ。【葬りの水矢ネイトリス】!!」


 突如、砲弾が着弾する前に破壊される。

 ソフィア達が上から聞こえてきた声の方に視線を向けると、そこには流れ星のように駆ける水の矢が空を埋め尽くしていた。

 如何様にも変容する水の通り、自分ユウマの魔法を自在に変えて放つ水の矢は放たれる砲弾をことごとく穿っていく。


「あれは兄貴の!!」

「よくぞ動いてくれたのユウマ……! 流石じゃ!」


 攻撃に意味がないと悟ったのか、ちょうど砲弾の音が止んだ時に下から賞賛の声が聞こえてくる。

 そこに目を向けたユウマは、【水宙フロート】を動かして地上へと向かった。


「殿、動けるようになったのですね! それに、アカリとレイトン商会も! 良かった……!」

「ユウマ、状況を。上から見ちょったなら、何が起きているかは判るじゃろう?」

「はっ!」

「なら、私も――。『届けてくれ、私のこの願い。【想いの通り道ヘルメスロード】』」

「助かる」


 ソフィアが声を届ける魔法を使い、遠距離でも話せるようにする。

 おかげでユウマは上空に昇って状況を確認しながら説明する事が可能となった。


「――まず初めに謝罪を。緊急を要するものとして、カイリ様の捜索は一時中断しました。お許しください」

「事態が事態じゃ、構わん。して、敵の戦力は?」

「はっ。まず、東の方より『吠える狼ハウル』と思われる海賊船団が五隻。東部の港を壊しているのは奴等です」

「海賊、だと!?」


 ユウマの報告でアカリが驚きの声をあげる。

 なにせ、昨日木っ端微塵に破壊した相手だ。クーデターに参加させるほどの戦力があるとは思えなかったところに五隻。信じられない状況が矢継ぎ早に飛んでくる。


「海賊の襲撃に隠れた戦力……。最初から全部、布石だったってことね」

「だろうな。襲撃し、わざと敗走させることで『次』がないと思わせ油断させる。あの襲撃が成功しようが失敗しようが、行動に起こしたことそのものがクーデター計画の始まりだったってわけか。人同士の戦争を体験してないとはいえ、好き放題やられすぎだろお前ら」

「ぐっ……!!」


 堂々と言い放つアイリスにライハは忸怩たる思いを抱かずにはいられない。

 とはいえ無理もない。この中で人の狡猾な悪意を身に染みて理解しているのは、実際に戦争をしているアイリスとレストアーデ組だけ。

 トルルの武者達がいくら壮絶な訓練を行い、強力な武芸を身につけたとしても本格的な戦争を体験している者はおらず、トルルにとっての意志ある外敵はちゃちな海賊のみ。トルル最強にして英雄のライハにしてもそれは災害から守った英雄だ。対人ではない。


 レスアーデと帝国の戦争だって、言葉通りの対岸の火事だ。人が戦争を忘れるのに百年も必要ないと言われるが、知識だけのライハたちが忘れるにはもっと早いだろう。

 そこにカイリが害意を見抜けたことで争いすら起こさせなかったことが、皮肉にも『敵』に牙を研がせてしまったことになる。

 そして、いつでも動ける体勢に整えていたのが海賊という戦力。ならば、突発的になったとはいえ戦力を整える時間を使えたとなれば――


「――北部より、八隻の船団を確認……! 赤いアザミが描かれたあの旗は……アスミ老の家紋です! 陸部でも、アスミ派と思われる武者達が市民達を襲い、警邏の者たちが立ち向かっています……! が、数で押されています!」


 少しでも援護すべく、即座にユウマが水の矢を放って敵を穿つ。


「アスミ……! これで確定じゃな……!」


 姿は見抜けど、本心を見抜けなかった自分にもライハは腹が立つ。だが自戒している時間はもうない。

 ライハは当主として命令を下す。


「フリューゲル兄妹よ! お主らは今すぐ『海辺の夜明け団』を率いて各所の武者達を出動させよ! 一般人を保護し、央都まで避難させるのじゃ! 夜明け団はワシと共にアスミ派を排除するぞ!」

「「御意!」」


 フリューゲル兄妹が返事し、即座に離脱。次の時には悲鳴が止んでいることから、その道中で反撃に移ったのだろう。

 頼りになる兄妹に街を任せたライハは、次にソフィア達に要望した。


「ソフィーリアよ。お主らには民の保護をお願いしたい。頼めるかの?」

「それは勿論よ。でもライハ殿、この混乱の中で動かない帝国じゃないわ。必ずどこかで姿を――」

「おい、来たみたいだぞ」


 声に緊張感を乗せて忠告を促すソフィアだったが一足遅い。

 上を見るアイリスに促され、一同が空を見上げると、そこには先ほどまでなかった『赤い円』がいくつも浮かんでいた。


「兄妹が動いたのを見たんだろうな。気合い入れろよお前ら。混沌の始まりだ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?