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5-6 「戦端は開かれた」

「……帝国か。それなら一つ。別件かどうか分からんがここに来る前、カイリを探す過程でサルードが何者かに殺害されたという報告をユウマを受けておる」

「サルードが!?」

「ってことは、それが要因……? でも、だとしてもそれは帝国側の問題ですよね……? クーデターとなんの関係が……」


 敵の動きを予測しようも、動きに一貫性がないため首をひねらざるを得ない。

 逡巡を繰り返すソフィアたちに、アイリスが一喝を入れる。


「分からないことをいつまで考えても仕方ないだろ。んなもんは、首謀者どもに聞けば一発だ」

「そうじゃな。敵はアスミ派の連中と帝国。ひとまずは、それだけを頭に入れといたらええ」


 ライハがソフィアたちを頼りに民衆の前に姿を晒した以上、これからの展開は急速に進むだろう。

 敵にとって最大の障壁を取り除いたと思えば、また直前になって現れたのだ。もう悠長にことを構える時間はなくなったと言える。


「んで、ライハ。分からねぇことだらけだが、現時点で分かっている敵の情報だけは確実にしておきたい。お前の女が裏切り者じゃないって証拠なり根拠はあんのか? まだ見つかってないんだろ?」

「おい、カイリ様が……アタシ達の母さんが裏切るわけないだろ!!」

「その何も疑わない馬鹿みたいな信頼をオレたちにぶつけられても困る。オレ達はそのカイリの人間性までは知らないんだから。なんだったら、そのアスミが言っていたことの方が能力的に信じられるくらいだ。オレの言ってること間違ってるか、【海辺の夜明け団】副長さん?」

「うぐっ……!」


 アイリスの正論に、アカリは次の言葉を紡げず唸るのみ。

 敵意を見抜けるものが一人で、国の上層部が防衛機構をそれ一択に依存しているのなら思想如何でどうとでも動かせる。カイリのことをほぼ何も知らないアイリスたち外の人間が客観的に見るのなら、その能力的にカイリが裏切っていると断定する方が楽だった。

 だが、あくまでそれは外側の意見。身内の方が人となりは分かっているからこそ、裏切りの判断をライハに委ねたのだ。

 戦端は既に開かれている。アイリスはともかく他の面々――特にマスターお人好しがライハ達を慮って余計な思考を割いてしまうかもしれない。

 裏切っていようが、裏切っていなかろうが、曖昧な憶測で動くよりも方針答えは明確にして動く必要がある。


「そうじゃの……。ここには信じたいという気持ちが含まれていることは否定せんが、それでも断言しよう。カイリがワシを裏切ることはない」

「勘か?」

「勘じゃ。それもカイリのこととなれば格別に働く極上のな」


 自信満々に張った胸をドンッと叩くライハ。その隣で、同じくカイリのことを信じているアカリがアイリスを睨め付けていた。

 それを見てアイリスは嘆息一つ。


「アイリス……。私もこんなに信頼されている方が裏切るとは思えないわ」

「わたしもそう思います! ちょっとしかお見かけしていませんが、カイリ様がライハ様を見る視線は心の底からお慕いしているように思えました!」

「裏切り者というのはどこかその悪意や違和感が滲み出てしまうもの。害意を見抜くという特異性があるならば、なおのことでしょう。夫と、母同然の存在と見ているフリューゲル兄妹にそれを感じさせず、こうも心の底から信頼される方であれば問題ないかと」


 アイリスが呆れたように見えたことで、レストアーデ側三人もカイリに対してのフォローを入れる。


「相変わらずお前らは人に期待しすぎているというか……。まぁ別にオレはそいつが裏切ってようが裏切ってなかろうがどっちでもいいよ。『敵』に回ったなら排除するだけの話だ。お前らが裏切り者かどうかで逡巡しないならそれでいい。好きにやれ」


 と、ここでカイリへの判断が下ると次は、だったらあのカイリはなんだったのかという話に移る。


「誰かに化けるって魔法はあり得ませんか? もしくは、わたしの認識阻害の魔法みたいな……」

「アタシは聞いたことないな。殿は?」

「ワシもじゃ。まぁ全てを把握してはおらんからなんとも言えんが、少なくとも老中の誰かではないことは明らかじゃな」

「そもそも化ける魔法だとしても、私やアイリスの正体を見抜けるライハ殿が惑わされるとは思わないわ。これまでの生涯、ずっと一緒に過ごしてきたんでしょう?」

「あぁ。カイリのこととなれば、お主らとは別の意味で判るはずじゃ」


 ライハとて誰かが魔法で成り代わった可能性は考えた。

 それゆえに、トルルの人間ではないソフィア達に起き抜け協力を申し出たのだ。ソフィア達ならば、仕草やトルルの方言、口調などの滑らかさで直ぐに判る

。どれだけ巧妙に化けたとしても、その国で染みついた無意識の習慣までは消すことは出来ない。


「まぁだからこそ、お前が気付けなかったことで状況をややこしくしているんだがな。ったく、人間同士の信頼ってのも面倒だな」

「すまぬな」

「いいよもう、そこら辺のことはもうウンザリするくらい分かったから。とりあえず、ライハでも見抜けないほどの変装をしているのならオレが見抜く。この眼なら、一度見た奴の『姿』は絶対に忘れないしな」

「それも『機械』の特徴なのか?」

「そんなもんだ。一応、言っておくけどここにいる奴らは全員『本人』だぞ」


 己の蒼い瞳を指差し、アイリスはその機能を確認すべくソフィアたちを見る。その視界には正しくそれぞれの名前が投影されていた。

 それは一度見た者の電気信号の記録。ソフィアのように姿を変えたとしても、生命を動かす電気信号までは変えられない。

 先史文明時代、【機械仕掛けの恢戦エクスハード】で変身していた者を見抜くためにアップデートした機能だった。


「アイリスが偽物を見抜けるのなら話は早い。これである程度の憂いは解消出来る。あとはその時が来るまで、準備を――」


 と、その瞬間。

 街中を照らしていた灯りが全て消え、シンラに暗闇が訪れた。

 人々のざわめきが、風に乗って藪の中まで飛んでくる。


「これって……」

「祭りが終わった、って感じじゃないよな?」

「あぁ……。あと一時間はあるはずじゃ……」


 その怪訝な声は、遠くで響き渡った『轟音』によって中断された。

 港の方から爆発音と火の粉が飛び散り、近くにあった建物が延焼を起こしていく。

 ――クーデターが始まったのだ。

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