「――とまぁ、これがここに至るまでの顛末じゃな」
「それは……その色々言いたいことはあるんだけど……」
「えっと……老中の一人が謀反を起こして、ライハ様の奥様がその仲間で……そこに帝国の介入の可能性まであって……」
「ふむ……まさしく危機的状況ですな」
藪の中にまで聞こえて来る、終わりへと向かう祭囃子がどこか空虚なものに感じる。
――現在の時間軸に戻り、全ての話を終えたライハ。事態は急を要しているのに、どこか楽観的な態度のライハにそれぞれがなんとも言えない表情をぶつけていた。
先程までソフィア達は思う存分祭りを楽しんでいたのだ。そこに真逆の事態が急転直下したとなれば、混乱するのは当然とも言える。
「怪我の方は大丈夫なのかよ。立ってられないくらいだったんだろ?」
「それなら大丈夫じゃ。もう十分隠れて休ませてもらったからの。ワシ、寝れば多少の傷は塞がるんじゃ。ほれ、さっき軽くでも戦えたじゃろ?」
「ふぅん、肉体活性か何かか。まぁ戦えるならなんでもいいよ。オレたちばっかりアテにされても困るからな」
「それについても安心せぇ。同盟関係とはいえ他国の人間に直接、叛旗を燃やせとは言わん。あくまで主戦たる尻拭いはワシらでやる。お主らには不測の事態に備えてもらいたいんじゃ。帝国まで介入してくるとなれば、ちと手が回らん。良いか?」
明らかな異常事態にもかかわらず淡々と話を進めるアイリスとライハに呆気に取られながらも、ソフィアも思考は止めていない。
ライハに確認を促されると、すぐに答えた。
「え、えぇ。それで問題無いわ。帝国が敵になるというのなら、私たちが動かない理由はないわ」
「それだけ聞けるだけでもありがたいわ。頼りにしておるぞ」
戦う決意を示した主人に付き従うべく、ハーベとクルルも首肯する。その横でアイリスも右腕の動作確認を行なっていることから、既に戦う覚悟と準備が出来ていた。
だが、ただ一人。混乱から抜け出せなかったアカリの焦りは際立っていた。
「おい……おいおいおい……! なぁ、なに平然としてんだよ……! 殿、これがどれだけヤバい状況か分かってんのか……!? 祭りなんてしてる場合じゃないだろ……! 殿が起きたから良いものの、重傷を負って回復に専念せざるを得なかったことだって時間の大幅ロスの筈だ……! とっととアスミの野郎を止めねぇと!」
事態が加速度的に動いたからこそ、クーデター計画はこれから本格的になる。むしろ、先の襲撃でライハが死んでいた可能性を考えれば、事実上成功に近い状況まで陥っている。
「落ち着けぃアカリ。お前さんが焦っても、敵の思う壺じゃ」
「けど、殿……! いつアスミが攻めてくるか分からねぇのに、そんな悠長なこと……!」
襲撃を受けたとは思えない、落ち着きすぎているライハに更に焦りを覚えるアカリ。だが、それを落ち着かせるためライハは状況を説明する。
「ワシを行動不能にした時点でアスミ側にはかなりの余裕が生まれた筈じゃ。それこそ、シンラを堕とされておってもおかしくない。じゃが、そこから数時間。何も行動に移していないということを考えれば、あ奴らも準備が整い切っていなかったってことじゃろ。なら、まだある程度は猶予が残されているはずじゃ。
それに、ワシを襲った奴は『何もかも予定外』と言っておった。つまり、ワシを襲撃することは計画の中にあったとしても『今』ではなかったんじゃろうな」
「老中・アスミ側にも何か不測の事態が起きたということですかの?」
「そうとしか考えられん。でなければ、行動の一つ一つに説明がつかん。殺せなかったとはいえ、ワシを行動不能に出来た以上、圧倒的優位に立ったのは向こう側じゃ。にもかかわらず、ワシの回復とユウマの行動を許したのはあまりにも無益すぎると思わんか?」
謀反の行動が遅すぎるアスミ側。
早々にライハが目覚めたことはアスミ側にとっても予想外のことだったかもしれないが、それにしても回復の時間を作ってしまったのはあまりにも杜撰すぎると言えるだろう。
「んでもって、今最強たるワシがいるんじゃ。アカリも『海辺の夜明け団』副長として、ドンと構えておれ」
「……分かったよ」
ライハに頭をくしゃくしゃと撫でられ、大きな手から伝わる暖かさにアカリは深く深呼吸。立場を自覚し、心を落ち着かせた。
そんな中、数々の陰謀と暗躍と戦ってきたレストアーデ側が敵の思惑について思案する。
「なんていうか……沈着さと焦燥が混ざっている感じね。謀反なんて計画性が無いと出来ないのに、それぞれの実行はどこか散発的だわ。それこそ、全部の行動が無駄に終わってもおかしくなかったのに……」
「もしかすると、帝国側とクーデター側で統率が取れていないのでは? 協力関係ではあるけど、お互いがお互いの企てに乗っかった形というか……」
「……それなら辻褄は合うわね。計画の主軸はあくまでクーデター側。だけど、なんらかの要因でその口火を帝国側が切ってしまった」
帝国の悪辣さを知るが故に、ソフィアはその結論へと至った。