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2「新辺境伯家の賑やかな日常2」

「やっと終わった……クゥン君は大丈夫かな?」


 事務処理を片付けて、労働タイプの鉄神『2号』に乗って温泉郷を歩く。

 いつもの『守護ってます』アピールのためだ。

 これをするとしないとでは、ガラの悪い客の数がだいぶ変わると村長さんから聞いている。


 大通りに入り、とある路地の横を通り抜けようとしたその寸前、


「このっ、ケモノ風情が!」


 獣人を口汚く罵る声が聴こえた。

 ……獣人差別、か。

 前辺境伯が領統治政策の一環で助長させていた差別問題だ。


 >camera /tentacle


 私はコマンドを入力した。

 すると胃カメラのようなものが2号の手の平からにゅるっと出てきた。

 路地の中へと、胃カメラを潜り込ませる。

 コックピットのモニタに映ったのは――


「商人風の人間と、相手はやっぱり獣人――って、クゥン君!? やばっ」


 私は慌てて声を抑える。


「なぜ、崇高なる人間の私が、汚らわしい獣人に指図されなければいかんのだ!」


「移動は無料かつほんの数分です」クゥン君が必死に商人を説得している。「立ち退き手当として、1年間、税が1割減となります」


 クゥン君の提案は、私が財務大臣と相談のうえで決めたことだから、問題ない。

 だが商人のほうは、クゥン君の提案に乗り気ではないらしい。


「移動先も大通りに面した立地です。今より多少、正門から離れますが、宿が増える分、来場客も増加が見込めます。減税のうえにお客様も増える。商人様にとっても得しかないご提案のはずです」


「ワシが言っているのは、体面の問題だ。ケモノ風情に立ち退かされたとあっては、示しがつかんではないか」


「……っ。後日必ず、女神様のお名前で立ち退き依頼の証書をお出しいたしますので。領主様からの依頼なら、名誉は守られるはずです」


「ふんっ、小賢しい。領主様はなぜ、こんなヤツを重用しておられるのか。大方、ケモノらしく靴でも舐めて歓心を買ったのだろう」


 吐き捨てて、路地のほうへと去っていく商人。

 商人の姿が見えなくなったとたん、クゥン君がその場に座り込んでしまった。


「大丈夫だ、ツラくなんてない。女神様のためだ。女神様のため……オレは大丈夫!」


 ぱんっと頬を叩いて、クゥン君が立ち上がる。

 モニタ越しにそんな健気な姿を見せられて、私は胸がぎゅっとなった。

 彼はいつだって、私を支えてくれる。

 けれどそれは、彼がスーパーマンだからだとか、余裕があるからだというわけではないんだ。


 彼は、無理をしている。

 そんな無理を押して、私のために頑張ってくれているのだ。

 その事実に、彼に対する愛おしさがどうしようもなく溢れてきた。

 やっぱり私は――。


「……あれ、女神様?」


「やばっ」


 路地から出てきたクゥン君と、バッチリ目が合ってしまった。


「やば、って」クゥン君が苦笑する。「……聞かれてしまいましたか」


「ごめん……私、クゥン君が無理してるって気づいてあげられなくて」


「謝らないでください。女神様はオレたちのため、バルルワ村を豊かにするために、こんなにも心を砕いてくださっているではありませんか。女神様の苦労に比べれば、こんなのへっちゃらですよ」


「本当に?」





 ――ヴゥゥゥウウウウウウウウウウウウウゥウゥゥウウウウウウウウゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥウウウウウウウウウッ!!





 警報音!

 長い! これは魔物警報だ!


「行きましょう、女神様!」


「でもクゥン君、体調が……」


「治りました。女神様のお顔を見ていると、胸が温かくなって元気になりました」


「んなバカな」


 などと言いつつクゥン君を鉄神の肩に乗せ、急ぎ村の中心へ。

 教会の隣にそびえ立つのは、急ごしらえの格納庫だ。

 格納庫の前には、

 カナリア君、

 ヴァルキリエさん、

 クローネさん、

 の3人が集まっている。

 魔物警報時の出撃メンバーだ。


「クローネさん、クゥン君が体調不良なんです! 心労が祟ってしまって……戦闘の前に治してもらえませんか!?」


「ですから女神様、オレはもう治ってるので――」


「分かりました」クローネさんが高速詠唱。「【小麦色の風・清き水をたたえし水筒・その名は神は癒されるラファエル――治癒ヒール】!」


 クゥン君を、温かな光が包み込む。


「あれ? エクセルシアさん、この子、本当に治ってますよ」


「えっ、そうなの!?」


「ははーん」クローネさんのニヤニヤ笑い。「病は気からと言いますからね。心労に最もよく効く薬とは何だと思いますか、エクセルシアさん?」


 もしかして:恋?


 クゥン君、私のことを想ってくれているの!?

 むふーっ!


「よーしよしよしよし! じゃあ出撃といきましょうか!」





   ◇   ◆   ◇   ◆





「ヴァルキリエさん、被害状況は?」


「軽微。損害死者無し」


 私の問いに、新生・バルルワ = フォートロン辺境伯家の防衛大臣もとい領軍将軍のヴァルキリエさんが答える。


「戦況は?」


「魔の森近縁で抑え込めている状況。だが、ミニドラゴンが強い。鉄神M4がなければ危険かな」


「了!」


 私はカナリア君を連れて、格納庫に入る。


 陸戦タイプの鉄神『M4』にはカナリア君が、

 労働タイプの鉄神『2号』には私が搭乗する。

 そうなのだ。

 驚くべきことに、もうすでに、カナリア君のほうが私より操縦が上手いのである。


 M4が1歩、2歩と外に出る。

 3歩目で、大きく跳躍。

 たったそれだけのことで、何百メートルもある村を飛び越え、村の外へ出てしまった。

 一方の私・鉄神2号はドッスンドッスンと村中央の街道を走り、城壁をよじ登って外へ。


「どれどれ、ミニドラゴンとやらの姿を拝ませてもらおうかな――って、でっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっか!?」


 いやいやいや、いったいぜんたい、どこが『ミニ』なのか。

 体高10メートルはあろうかという巨大なドラゴンを見上げて、私は度肝を抜かれる。

 と同時に、そのドラゴンがM4のチェーンソーナイフによってあっさりと首を落とされたことに、さらにおったまげる。

 カナリア君、強すぎ!


 シャウト、弓、魔法、盾。

 それぞれの得意分野で魔物の大軍を押し留めていたバルルワ = フォートロン辺境伯領軍が一斉に退却する。

 と同時に、


 ――ジャコンッ


 カナリア君が操るM4が、背中からアサルトライフルを取り出した。

 腰だめに構えて、


 ――パララッ

   ――パララッ

     ――パララッ


 正確無比なバースト射撃によって、波のようにすら見えていた魔物の大軍が、あっという間に倒れていく。


 戦闘という名の一方的な蹂躙は、10分ほどで終了した。





   ◇   ◆   ◇   ◆





「グッジョブ、カナリア君!」


 私が鉄神2号から降りると、M4がゆっくりとひざまずいた。

 背中のハッチが開き、


「お姉ちゃ~~~~ん!」


 喜色満面のカナリア君が飛び降りてきた!


「うわああああああああっ!?」


 間一髪、カナリア君を抱き留めるが、背中から倒れそうになる。


「わぷっ」


 と思ったが、いつの間に控えていたのやら、私の万能護衛騎士・クゥン君が支えてくれた。


「あ、あああああ危ないでしょカナリア君!」


「えへへ、お姉ちゃん。ぐっじょぶ? ボク、ぐっじょぶ?」


 若い、というより幼いカナリア君は、私が使う異世界語を渇いたスポンジのように貪欲に吸収していく。


「うんうん。見事な仕事だったよ~。カナリア君最強! でも生身のキミはそこまで頑丈じゃないんだから、こんな高さから飛び降りるのはもうやめなさい」


「分かった~」


「エクセルシアさんこそ」クローネさんが話しかけてきた。「どこか、体を打ったりはしていませんか? アナタという子は、目を離すとすぐに生傷を作ってくるんですから」


「えへへ、大丈夫です。カナリア君も痛いとこない?」


「うん!」


 クローネさんが、すっかり『ツンデレ風世話焼き幼な妻』ポジションに収まっている。

 年下の世話焼き幼な妻とか最高かよ。


 戻ってきた領軍の皆さんが、食える肉・食えない肉、使える素材・使えないゴミに分類し、要るものは村に運び入れ、要らないものは炎魔法で焼却していく。

 私たちは鉄神でミニドラゴンを引きずり、村へ凱旋。


「「「「「女神様~!」」」」」


「今夜はドラゴン肉ステーキだぁ!」

「腕が鳴るぜ」

「素材! ドラゴン素材を!」


 村の調理係さんや、

 解体係さん、

 そして買いつけに来ている行商人さんたちが大興奮。


 今日も、バルルワ = フォートロン辺境伯領は賑やかだ。


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