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4章…第2話

「新入社員の皆さん、入社おめでとうございます」


入社式が始まった。

壇上に立つのは、写真で見るよりずっと若い印象の社長。

続く言葉に、私を含むすべての新入社員が耳を傾ける。


「社会人としてのスタートを切った君たちに会えて、私はとても嬉しく思います」


柔らかい言葉からはじまった社長の挨拶は思ったより短くて、式は進み、役員の挨拶に移った。


社長と交代してマイクの前に立ったのは、専務取締役だとアナウンスで知る。


スラリと背の高い、遠目でもカッコいいとわかるような人。

年齢も確実に30代だろう。


隣に座る万里奈が、ちょん…っと肩を突いたので、私は驚いて目を向ける。


「…あの人、私の彼氏」


「…っ!えぇ…っ!?」


専務取締役が恋人って…

これがいわゆる社内恋愛?


驚いた顔で万里奈をじっと見ると、途端にいたずらっぽく笑いだす。



「…っ?!」



…真相は後にしよう。


私は再び視線を壇上に向けた。



その後、万里奈とは偶然同じ部署に配属された事がわかり、帰り際お茶に誘ってもらって喜んでついていく。


地理に詳しくない私とは違って、万里奈はお洒落なカフェや流行りのレストランなどたくさん知ってるみたい。


そういえば、どことなく洗練された感じだ。

膝丈スカートのネイビースーツの私と違い、グレーのパンツスーツを着た万里奈は格段に都会っぽい。



「さっきの話、嘘だからね?」


「…え?」


カフェに落ち着いて、豆乳ラテをふぅふぅする私に、ブラックコーヒーを飲む万里奈が悪気なく言う。



「専務取締役が恋人って言ったやつ」


「なんだぁー…!…ちょっと焦っちゃった!」


「…卒業と同時に彼氏と別れたから、つい言っちゃった!」


でもすごくカッコよかったよねぇ〜と、学生のノリで話している自分に、少し恥ずかしさを覚える。


そして私達が配属された営業部について、あれこれ知識を持ち寄り、明日からの研修に備えて早めに解散となった。


連絡先も交換し、これで会社に行く不安は消えそうだ。




「どうだった?入社式は」


「うん!早速同期の人とお茶しちゃった…!」



吉良は優しく笑ってくれたけど、さりげなく男子じゃないことを確認されて、ヤキモチに笑ってしまう。



翌日から研修が始まり、私の新社会人生活がいよいよ始まった。


毎朝作っていたおにぎりを作る余裕もなく、なんだかバタバタ出勤する日々。

吉良が出勤の時間を合わせてくれるので、満員の電車はちょっとしたラブの時間になった。


そんなこんなであっという間に1ヶ月が過ぎ、ゴールデンウィーク…。


今年は新入社員の歓迎会をBBQ大会として開催すると知らされ、貴重な吉良との1日を仕事に捧げることなる…



1ヶ月仕事をしてみてわかったのは、私が配属された部署は、男性社員が多いということ。



「なんか…お茶出し多くない?」


入社式で親しくなった万里奈が、ゴールインウィーク明けの朝、お茶くみや雑用が多いと愚痴を言った。


「うん、確かに。なんか給料泥棒してる気分…」


私は物覚えが悪いし、ゆっくり確実に仕事を覚えていきたい方だけど、万里奈は違うみたい。


「もっと女性の先輩がバリバリ働いてる部署が良かったなぁ…」


彼女は自分の担当の先輩に、具体的な仕事についてどんどん質問していた。


…すると、その先輩が上司に話をしたらしく、今年度から新入社員の仕事量を早い段階で増やすことになったと伝えられた。


私はアワワ…だった。


万里奈はいかにも聡明な感じだけど、私は見てわかる通り、どんくさい。


同じように仕事量を増やされたら、要領の悪い私はつぶれてしまいそうで不安なんですけどー…。


万里奈は希望がすぐに叶えられて嬉しそうだった。



「大丈夫!やっていくうちに慣れるって!ね?頑張ろう!」


「うん…そうだね!」


これは仕事だ。

私もやることはちゃんとやらなくちゃ!



そんな意気込みをもったものの、上司もやっぱり適正を考えたのか、私に仕事を教える先輩をもう1人増やしてくれた。



「桜木さんには、今後俺のサポートをしてもらうことになったから、よろしくね」


部署の教育係と名高い、添島太一さんという男性社員だ。


「はい。…よろしくお願いします」


爽やかで嫌みがなくて、29歳という年齢より若く見える。

笑顔に裏表がないと感じて安心した。



添島さんは研修で教わったことを復習するように、丁寧に仕事を教えてくれた。


そんなふうに、2週間ほど社内での仕事について教わったあと、いよいよ先輩に付いて、クライアント企業へ行くことになった。



「今日はうちの1番のお得意様のところへ行くから」


スタスタ歩く添島先輩についていくと…


あれ、徒歩なんだ。

外回り、とは違うんだろうけど、なんとなく社用車に乗っていくイメージだったから。



「ここね。シルバースタンレー本社」


「あっ…!」


そびえ立つ高いビル。

ここはもしかして…


「なに?…もしかして友達が入社した?」


いや、友達じゃなくて…と、言っていいのか悪いのかわからないから、曖昧に笑ってごまかした。



就活中、このビルを見上げては、何階で仕事をしているんだろう…って考えたことを思い出す。


『今ビルの下にいるの!』なんてメッセージを送る妄想をしてニヤけて、窓から顔を見せてくれる幻を、何度見たことか。



「危ないな…」


あの頃はできなかったメッセージは、今ならきっとできるけど、顔を出してほしいとは思わない。


高すぎるビル。

顔なんか出したら危険だし、やめて欲しい…



「なんか言った?」


添島先輩が振り返ったので、私は口元を押さえて「大丈夫です…」と小さく言う。



「今日はまず挨拶をしよう。…担当の方と名刺交換をさせていただいて、顔つなぎをするよ」


「あ、はい…!」


名刺交換と聞いて…バッグの中から名刺入れを探す。


チン…という音がして、シルバースタンレー社のフロアに到着したことが知らされた…。


想像していたよりずっと広いフロア。社名の描かれた背景を背に、美しい受付嬢が立ち上がって迎えてくれる。



「…あ。担当の方、綾瀬さんっていう男性なんだけど…」



「…っ?!」



…奇跡、きた…


「すごいイケメンだから、会ってビックリするなよ?」


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