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4章…第4話

ベッドが少し傾いて、自分以外の重みが加わり、たくましい胸に自分の頬を寄せたのは覚えてる。


おでこに柔らかい唇が当たって、上を向こうとして…気付いたら朝になってた。


翌朝、起きた時にはもうたくましい胸は離れてて、一瞬でスン…とした気持ちになる。


『今日は先に行くけど、電車は少しでもすいてる車両に乗るように』


リビングに行くと、手書きのメモと、私が作るのとは違うきれいな形のおにぎりが置いてあった。

野菜スープも添えられて。


あぁ…出勤前に料理できるなんて。

吉良は神様ですか?


支度をしてのんびり吉良の味を舌に乗せて喜んでいたら…あっという間に出勤の時間になって慌てて家を出た。




「今日はエムズファイナンスさんに行くよ。そこは桜木さんに担当してもらおうと思ってるところだから」


出勤早々添島先輩に、今日もあいさつ回りだと知らされた。

…しかも、ついに私にも担当する会社が割り振られるなんて!


午前中は別の仕事をして、ランチがすんでから行くと伝えられた。




「戻りました…!」


そろそろお昼休みという時間。

万里奈が姿を見せたので、私はお疲れさま…と片手をあげる。


朝イチから営業先に出向いていたらしい。…さすが、自分から仕事を欲しがっただけのことはある。


自分と比べてバリバリ仕事をしている万里奈を、私は眩しい思いで見上げた。


「お疲れ!ねぇランチまだでしょ?一緒に行こ!」


上げた片手にパチンっとタッチして、弾けるような笑顔で誘われた。


仕事、順調なんだろうな。

わからないことも不安なこともなさそうで、とても同期とは思えない。


「行こう!…でも私、まだこの辺のランチ事情に慣れなくて…」


「もぅ…モモは1人で出かけるの苦手なの?奥手なんだからぁ!」


そこが可愛いけど…!と、突然抱きしめられて、まるで姉と妹だと苦笑した。



「…なに、ランチ行くの?俺も混ぜてよ!」


話に入ってきたのは添島先輩。

すると万里奈がパッと私を離して固まった。


あれ…どうしたのかな。


「あ!はい。行きましょう、ぜひ…ね?万里奈?」


「あ、はい。もちろん。…ぜひ」


歯切れが悪い気がする。

万里奈らしくない、と思ったけど、すぐに添島先輩に連れ出されてしまったので、どうしたのかと確認することはできなかった。



ランチは添島先輩おすすめのラーメンと餃子を食べることになる。


「え…っと、午後からお得意様にご挨拶って言ってましたけど…」


臭いとか、平気なのかな?

控えめに言ってみたら、明るい笑顔でお店を指さした。


そこはラーメン屋とは思えないおしゃれな店構え。


「女性向けって言うのかな…?最近出来た店なんだけど、さすがに知らなかっただろ?」


添島先輩は万里奈を見て言った。

彼女はさっきから借りてきた猫みたいにおとなしくて、先輩の問いかけにも「え、はい…まぁ」なんて短く答えてる。


…もしかして、添島先輩のこと苦手なのかな。



おしゃれなラーメン屋のテーブルについて、私は前に座る添島先輩を見上げた。


短めに刈り上げた黒い髪は嫌みじゃない程度に整えられていて、いつも白いワイシャツで、ネクタイもブルー系が多い。


いかにも誠実そうな、「爽やか」という言葉が似合う人に見えるけど。




「…ニンニクの心配なしで食べられるから、結構オススメ!」


運ばれてきたラーメンは、確かに変な刺激臭はしない。

とたんにお腹がグー…っと鳴って、添島先輩に笑われてしまった。


隣に座る万里奈は逆に食欲なさそうだけど、本気で大丈夫なんだろうか…?



すると添島先輩が、私の背後に誰かを見つけたようだ。

嬉しそうに手を振り、呼んだ名前に心臓が跳ねる。


「…綾瀬さん!」


お店の入り口に向いて座っていた添島先輩が、入ってきた吉良を見つけたらしい。


綾瀬さん…って吉良のこと、だよね。


ランチの時、同じ店で鉢合わせたりして、なんて想像が現実になる。


ドキドキするけど、ここで振り返らないと不自然、だよね。


ギギ…っときしんだ音がしそうなほどゆっくり振り返ろうとして…「あ!添島さんだぁ…」と、吉良ではない声が聞こえて、パッと振り返る。


そこには…吉良と、その横で微笑む可愛らしい女性がいた。


会社の人だよね。

…一緒にランチに来たんだ。


そう思いながら、吉良が女の人と並ぶ姿を見慣れなくて、私の心臓は嫌な音を立ててドクドク早鐘を打つ。



「あの!よかったら、一緒に座ってもらいませんか?」


おとなしかった万里奈が突然そう提案するので、私は思わずハッと万里奈に顔を向けてしまった。


「そうだね。結構混んでるし」


添島先輩が吉良と女性をテーブルに呼び、自分は私の隣に席を移したので、私の目の前に、世界一愛しい男性が座ることになった。



「綾瀬マネージャー、何にします?いつものでいいですか?」


体を寄せてメニューを吉良に見せる女性。いつものってなに…?そんなにいつも、この女性とラーメン食べてるのかな。


「あぁ…そうだね」


短く答えた吉良のオーダーを確認した女性は、さっと手を上げて店員さんを呼ぶ。


その姿になんだか違和感…いや、知らないふりしてることからして違和感だし、私が隣にいないことも違和感だらけなんだけど。


吉良がなにもしないことがすごく違和感。


私と2人の時は、だいたい何でも吉良が先にやってくれる。


こんな風にお店に入ったら、オーダーするのも席を見つけるのも、下手すれば割りばしだって割ってくれる。


でも今は何もかもこの女性が吉良の面倒を見ているようで、どうしてなのかな、なんて思ったら…



とたんに食欲がなくなった…。



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