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4章…第5話

吉良の世話を焼く部下の女性は、郷田之森さんだと、添島先輩が教えてくれた。


確か急に有休を取る連絡をした時、ハンズフリーで会話していた、下の名前で呼ばれている部下の方だ。


…ちょっと嫉妬したのを覚えてる…

でも、まさかこんなふうに会うなんて。


「…どうしたの?あんまり食べないね」


目の前の吉良を意識してしまって…知らずに箸が止まってたらしい。


「さっきまでお腹が鳴ってたのに。

グーって、元気よく。…ねぇ?」


添島先輩は私の肩をポンポン、と

叩きながら、向こう側にいる麻里奈に同意を求めた。


「そう…ですかね…?でもなんか、気持ちがわかるっていうか…」


万里奈には、社会人の恋人がいる話をしてある。

察しのいい彼女なら、もしかして目の前にいるこの人がそうだと勘づいてくれてたりして…


それにしても、お腹がグーグー鳴ってたなんて、そんなこと吉良の前で言わなくてもいいのに。

お腹の鳴る音なんて、もう何度も吉良には聞かれてるけど、改めて言われると恥ずかしい…!


添島先輩は万里奈の返事に「ん?」と、短く疑問を返しながら、吉良に話しかける。


「…だんだん若い子の話についていけなくなりますね…!」


後頭部に手をやる添島さんに、吉良は優しく笑いかけ、上手に話を変えた。


「添島さんは確か…」


「29です。そろそろおっさんの仲間入り!」


握手を求められて、吉良は反射的に差し出したけど…



「あれ?綾瀬マネージャーは27歳ですよね?」


郷田之森さん、吉良の年齢を知ってるんだ…じゃあ、誕生日とか血液型も知ってるかな…


「あぁ…まぁ、そうだけど…」


吉良の返事に…ほらね?と言いたげな郷田之森さん。


「すみません…添島さん!うちのマネージャーはおっさんとはほど遠いので!」


すました笑顔でそう言うと、差し出した吉良の腕を自然に掴み、軽く咎めるように下に下ろした。

思わず上目遣いで吉良を見たけど、苦笑いでされるがままになってる…




どこに入ったのかわからないラーメンと餃子を食べ終え、私たちは一足早く店を出ることになった。


他人行儀に頭を下げ合う私の顔は引きつっていたと思う。

それに比べて吉良の自然な笑顔ったら…。


数年先に社会人になった歴然とした差。

当然といえばその通りなんだけど、加えて吉良自身落ち着いた人だから、余計自分が幼く見えて恥ずかしい…



「…綾瀬さん、カッコいいだろ?惚れちゃってない?…大丈夫?」


3人で歩きながら、添島先輩が軽口をたたく。


「…全然!私は、何とも思いませんでした!」


急に万里奈が大きな声で答える。

ふと見ると、何とも言えない顔で添島先輩を見てる。


…もしかして万里奈って、添島先輩のこと、好きなのかもしれない。

それであんなに態度が急変して、今もこんなにムキになってるのかぁ…


1歩も2歩も先ゆく同期で大人っぽく見えたけど、なんだか急に同い年の女の子だと感じて嬉しくなる。


そうそう。

好きな人の前ではちょっと変な態度になってしまうこと、あるよね…!


私も吉良と付き合い始めの頃は、自分の部屋のベッドの上に急に立ち上がって、転げ落ちたところを見られたこともあった…


なんて昔のことを思い出していたら、添島先輩が突然不穏なことを言い出した。



「…だったらいいんだけどさ、綾瀬さんのあまりのイケメンぶりに人生狂わされたって人がいたから、今年のうちの子たちは大丈夫かなって、心配になってね」


「…え、人生狂わされたって…」


まさか…吉良が何かしたの…?

不安そうに聞く私に、添島先輩は柔らかく笑った。


「綾瀬さんが悪いんじゃないよ?あくまでも、女の子のほうがね…一目惚れして突き進んじゃって。

当時から綾瀬さんには恋人がいたみたいで、その態度は紳士的だったよ。…まぁ、だからこそ逆に燃えちゃったのかな…」


初耳だ…

確かに会社の子に迫られたことはあるとは言ってたけど、こんなに切羽詰まった話だったなんて…


私はパッと添島先輩を見あげた。


「…ん?」


言いたい…

私がその、綾瀬吉良の恋人で、親に紹介も済んで結婚するんだってことを、添島先輩に言いたい…。


よっぽど鬼気迫っていたのだろう。


「桃音…どうしたの?」


万里奈にも不思議そうに見つめられてしまった。


でも…仕事の関係者に簡単に伝えるわけにはいかない。

自分のことだけじゃなく、これは吉良のプライベートでもあるんだから。


「い、いえ…何でもないです。あ、綾瀬さんはとても素敵な方ですけど、罪作りな人だなんて、思いません」


「…えぇ?」


2人のはてな顔を見て、変なことを言ったと思ったけど、もう取り返しがつかない…


「いえ…!その、私も一生懸命仕事をして、早く大人になりたいと思います!」


よろしくお願いします!…と唐突に添島先輩に頭を下げた。


「…なんだか、可愛い子だな」


不意に頭に手が乗せられ、そのまま何度かこすられる。

頭をなでなでされたみたい。


「おっと!…こんなことすると、今の時代セクハラになっちゃうんだよな」


慌てて手を引っ込めた添島先輩に、万里奈が赤い顔で言う。


「そ、そうです。1人だけなでなでしたら、セクハラで訴えられます。でも、私にもしてくれたら…」


添島先輩は少し驚いたみたいだけど「いいよ…!」と言って万里奈の頭も撫でた。


ちょっと嬉しそうな彼女の顔が可愛くて、思わず笑顔になった私の背後に、誰かが近づいた気がした。



「…桜木さん」


不意にかけられたこの低い声は…



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