「メッセージアプリ、交換しとこ」
自分の携帯を差し出す鬼龍さん。
そういえば吉良の親友3人と、私の携帯は繋がっていない。
そんな必要なかったし、私が吉良を差し置いて、個人的に連絡することなんてないと思ってたし。
「はい…」
これからは、それがあるのかな…
私が吉良を通さないで、鬼龍さんに連絡したくなることが。
心の片隅にそんな不安を隠しながら、私は吉良の後ろ姿が待ち受け画面の…携帯を開いた。
「…おぉ?」
「いや…こ、これはですね…」
暗闇に照らされる吉良の待ち受けにテレる。普通にテレる…!
「いいよ!ラブがすごくて羨ましい」
ニコニコする鬼龍さんと赤い顔の私。
鬼龍さんによって、メッセージアプリは無事にお互いの登録に成功した。
エントランスをくぐり、エレベーターで部屋まであがって玄関までたどり着いた。
…見ると、まだこちらを見上げている鬼龍さんがいる。
玄関に入るまで見張るつもりらしく、守られてる感じがありがたい…
それほど私は、吉良の大切な人だと認められているんだ。
カチャリ…玄関を開けて入る前に手を振ると、しっかり振り返して、ようやく歩き出した鬼龍さん。
そうなると、今度はこっちが見えなくなるまで見送ってあげたくなる…
「…モネ」
呼ばれてハッとした。
吉良が開けた玄関に、立ち尽くしている。
先に帰っていたことに若干驚いた…
「…ただいま」
「…お帰り」
スリッパを履く私を見守って、吉良は先に私をリビングに入れた。
「あの…」
「ごめん。ごめんな…」
私の右腕に手を掛けながら謝罪の言葉を口にする吉良は、いつより弱々しく見える。
「り、理由が知りたい…」
なぜ私はあの時、鬼龍さんの恋人だと言われたのか。
「それは…」
私の腕から手を離し、ソファに落ちるように座る吉良。
前屈みで両手を組み、視線を落としたまま、言った。
「彼女は、昔の知り合いで…以前しつこく付きまとわれていた」
鬼龍さんが言ってたことと同じだ…。
でも、それならどうしてこんなに辛そうな顔をするの?
「鬼龍の恋人だって言ったのは…モネに、危害を加えられたら、大変だから…」
「そう…なんだ」
私はすぐに、納得した風を装ってしまった。
本当は…
昔の知り合いって、どんな知り合い?
いつ頃付きまとわれていたの?
昨日は、私が外した席で、彼女と何を話したの?
迷惑をかけられてたのに、どうして隣に座らせたの?
聞きたいことはいっぱいあったけど、吉良が立ち上がって私を抱きしめて「ごめん」って何回も言うから。
もう何も聞けないよ。
聞いた情報だけで納得するしかないよ。
それで、いいんだよね?
私もそっと吉良の背中に腕を回した。
私よりずっと背が高くて、背中も大きくて。
抱きしめられてるのは、確実に私の方なのに…どうして小さく感じるんだろう。抱きしめているのが、自分の方だと思うんだろう。
…交代でお風呂に入って寝る準備をした。
吉良は私に「先にベッドに入ってて」と言ってくれたけど、暗いリビングで、誰かとやり取りしているのはわかってる。
…誰?
鬼龍さん?
それとも、今日会った金沢さんって女の人?
眠れるわけないのに、私はそっと目を閉じて、鬼龍さんの話と吉良の様子を思い返していた。
吉良がベッドに入ってきて、スプリングがわずかに軋む音で目を覚ました。
いつもなら、こんな音で起きないのに。
…てか私、寝てた?
不安渦巻く心を持て余しながらも眠れる自分に、若干の拍手を送りたい。
図々しく眠れる強さ、大事。
吉良は私が起きたなんて気付いてないと思う。そっとこちらの様子を伺いながら頭を撫でる。
吉良の体温を感じて、私は吉良の方に横向きになった。
それを合図にして、吉良の腕が首元に滑り込んで、抱き寄せられる。
足を絡ませたのは、今日は私からだった。
ハーフパンツをはいた吉良の太ももに自分の足を挟むと、体の全部が触れ合って安心する。
髪を撫でる吉良の大きな手が、頬に移動しながら、下を向いたことに気付く。
わずかに上を向くと…待っていたように触れる唇。
2度…3度と軽く啄むと、ゆっくり熱い唇を押し付けられた。
気付くと朝だった。
今日は休日。
昨日とほとんど変わらない体勢で目覚めたらしい。
すぐそこにある吉良の寝顔は、今日も麗しくて、寝ぼけまなこでじっと見つめてしまう。
昨日は…いろいろあったけど、やっぱりこうして2人で寄り添っていられたら、それが一番幸せ。
…そう思ったのに。
吉良の目元が濡れていることに気づいた。
涙…?
吉良が、泣いてる?
「…どしたの…?」
小さく声をかければ、観念したように目を開ける吉良。
その目はなぜか…赤い。
「眠れてなかったの…?」
「いや…」
なんでもないように笑顔を浮かべて、さりげなく目元を拭う吉良。
「変な夢見た…それで、よく眠れなかったみたい」
どんな夢…?
どんな夢を見て、泣いてたの?
「…じゃあ今日はもっと寝坊しよう」
無意識に、私は吉良の頭を胸に抱いた。
泣くなんて…吉良が泣くなんて。
私が守りたい。泣いちゃうようなことから、私が守ってあげたい。
…前にもこんな風に思ったことがあった。
吉良の生い立ちを知ったとき、それから…挨拶に行った時の、お母さまの無関心さを目の当たりにしたときだ。
胸に抱いた吉良はおとなしくされるがままになってる。
頭をそうっと撫でて、おでこに口づけ、額の生え際から手櫛で地肌を撫でた。
「いいな…この体勢…柔らかくて、いい感触…」
パジャマの上から膨らみにキスを落とされた。
「…急にドキドキし始めた…」
吉良は楽しそうに言ったけど、私の胸の高鳴りは、ぜんぜん違う意味。
手櫛で吉良の頭を撫でてたら、昨日金沢さんという女性も同じことをしていた光景を…思い出したから。