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5章…第4話

ゆっくり起きた11時少し過ぎ。

吉良の社用携帯が鳴って、嫌な予感がした。


一瞬目線を合わせたものの、吉良はふう…っとため息をついて着信をつなげる。


しばらくのやり取りの後、吉良が浮かない顔で振り向いて会社へ行くと言い出した。



「ひぇぇ…休日出勤…?」


ガックリうなだれる私を笑い、切り替えたようにスーツに着替える吉良の背中をぼんやり見ていた。



「…夕方前には帰れると思うから」


黒のスーツにえんじ色のネクタイ姿。今日の吉良もキリッとしてて、欲目なんかじゃなく「出来る男」って感じで本当に素敵。


目にハートが浮かんじゃってるのが自分でもわかるのです…。


さっきまで私の胸に抱かれて、甘えた顔を見せていた同一人物とは思えない…!


玄関先まで見送って、吉良が仕事なら私も仕事をしなくちゃと、半日ダラダラした休日を取り返すことにする。



「暑いっ…けど、いい天気!」


洗濯物を干そうとベランダに出て、この暑さの中、スーツで出ていった吉良を思う。


同時に…

昨日のことも頭をよぎった。


説明してくれたし、謝ってくれたから、何も気にする必要はないって…わかってる。


でも、さっきの涙はなんだったんだろう。

あの金沢さんという女性と何か関係があるのかな…って、つい不安が心をかすめる。



「…私は知らなくてもいいことが、あるのかもしれない」


何でも知ればいいことばかりじゃないのかもしれない。

知られたくないことも、あるのかもしれない。


吉良は複雑な家庭で育ったから、私よりずっと見たくないもの、知りたくないことに囲まれて成長してきたはず。


何度も聞いたもん。

尖った10代を過ごしたって。

正直、尖るって…どういう状況のことをいうのかあんまりわかってないけど、要するにきっとたぶん、ヤンキーだったってことで…。


その全てを、今すぐ正しく理解しようとしなくてもいいのかも、って思った。


吉良が説明する言葉を信じて、吉良のそばで私が笑っていることで、その不安や悲しみが少しでも和らぐなら…それが私の役割だ。



「一生、そばにいるんだもん。吉良の隣に、いたいんだもん…」


洗濯物を干し終えたら、急に吉良を感じたくなった。

寝室に戻って枕を抱きしめて、思い立ってクローゼットの扉を開けてみる。狙うは吉良のスーツをハグすること…!


…だったのに。


昨日着てたスーツはクローゼットの中。しかも紙袋に無造作に入れられてることに気付いた。


すぐにクローゼットにしまうなんて…

いつもなら、その日身につけたスーツは、クローゼットにしまわずに外に出しておくのに。


紙袋に入っているからクリーニングに出すつもりかもしれないけど…前日着たスーツを、こんな風に無造作に放り込むなんて。


ちゃんとたたみ直そうと、紙袋からスーツを取り出してみて…その異様さに気づいた。


…昨日の女性がつけていた香水が、強く香る。


どうしてこんなに匂いがついてるの…?そんなに近くにいたの…?


一旦おさめたはずなのに、また胸に広がるもどかしい黒いシミは、今度は広がるのを止められなかった。


昔付きまとわれていた迷惑な人なのに、私を外させてあの席に座ったのは、やっぱり吉良の特別な人なのかもしれない。


…金沢さんって…本当は誰なの。



嗅ぎ慣れない香水をまとうスーツを握りしめていると、ふいにインターホンが誰かの来訪を知らせた。



「…は、はいっ!」


玄関先に来てるわけじゃないのに、つい返事をするクセが抜けない。 

夢から覚めたようにスーツを紙袋にしまった。



「…あ、れ?」


モニターに映るのは、憂さんと鬼龍さんだった。

2人とも変なポーズをキメてて、さっきまでの黒いシミが引っ込んで、口元に笑顔の花が咲く。




玄関のドアを開け、吉良の不在を告げた。



「すいません…吉良さん、急に休日出勤頼まれちゃったみたいで…」


「あぁ…いいの!いいの!ここに来たのは吉良の了解済みだから!」


「そうそう!じゃあ…早速行こうか?」


「え…っと、どこかへお出かけですか?」



憂さんと鬼龍さんはパッと視線を合わせ、私にニッコリ笑いかける。



「昨日嫌な思いさせちゃってさぁ…吉良と険悪な雰囲気になってると思ったんだよ、俺ら」


「だから気分転換にね…?」


2人して魅力的な笑みがカッコいいですけど…イケメンなら吉良だけで間に合ってます…



「…あの、それならその…昨日鬼龍さんに少しぶちまけましたし、吉良にも謝ってもらったので、ご心配には…」


及びません…と言い終える前に、腕を取られ、外に連れ出された。



「あの…私お化粧もなにもしてなくて、髪も変だし…服だって、こんな…」


部屋着に毛が生えたような、薄いピンクのT シャツと白のハーフパンツ。

なぜか憂さんに白のスポーツサンダルを見つけられて、それを履くよう言われて履いてきたけど…



「こ、こんな格好世間にさらして…私、迷惑じゃないでしょうか…?」


私の言い方に2人とも吹き出した。


「モネちゃんが迷惑なら、俺らも迷惑な存在だから!平気平気!」


はぁ…優しいなぁ。鬼龍さん。

お2人が世間にとって迷惑なんて、あるわけない。



「ところでホントに、どこへ行くのでしょう?」


車の後部座席にちんまりと座らされた私の問いかけに、憂さんがニヤリと笑顔を向ける。



「楽しいとこだよぉ…なんとなんと、この俺様の、仕事場へ連れていってあげるからね?」


「え…?水着のお姉さんがいっぱいいるところですか?」


瞬間、グラビア撮影…という言葉が出てこなくて変な言い方になった…と思っていると、聞いていた鬼龍さんが吹き出した。



「モネちゃんに言わせると、憂の仕事がとたんにいかがわしいものになるな!」


「勘弁してよー…?!俺、これでもれっきとしたカメラマンだからね?」


すいません…と謝りながら、見えてきた建物に、私は驚きを隠せなかった。


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