お城…は言い過ぎだろうか。
洋館といった感じの2階建ての建物。
壁には蔦が這っていて、昼間の時間は緑が綺麗で涼しそうだけど、夜見たら怖いな…と思う外観だ。
「ところでここ、どこなんですか?」
もしかして都外に出ちゃったのかと思うほど、辺りは静かで木々の枝を揺らす音が大きく聞こえる。
「東京だよ?もちろん」
確かに…たいして車に揺られた覚えもないけど…
「スゴい静かで、雰囲気のあるところですね。映画とか撮れそう…」
憂さんはバックミラー越しに私に笑いかけ、蔦の這う洋館の目立たない場所に車を停め、後部座席のドアを開けてくれた。
「うわぁぁ…近くで見ると、すごい迫力ありますね…!」
洋館を見上げながら言うと、憂さんがトランクを開けてカメラと機材を出しながら説明してくれた。
「ここは実は撮影スタジオなんだよ。入ればわかるけど、室内も庭も、敷地内はどこも雰囲気あって、
いろんなイメージに寄せて撮影ができるようになってる」
ほぅ…と感心しつつ、鬼龍さんと憂さんの後についていった。
「こんにちは…!今日お手伝いさせていただく、常磐未来と申します。
椎名瑠偉のマネジャーをしております」
広い玄関に足を踏み入れると、はつらつとした印象の女性が名刺を持って待っていてくれた。
あれ…ちょっと待って。
今、「未来」…って言った?
確か昨日聞いた話では、椎名さんの想い人?…わからないけど、昨日皆で話している時に出た名前だ。
そして椎名さんの下の名前が「瑠偉」だとわかり、とてもよく似合う…と、どうでもいいことまで心をよぎる。
「はっ…初めまして、桜木桃音と言います。私は、あの…吉良、綾瀬吉良の…」
この辺でいつも言い淀むんだよな…と、自分を情けなく思っていると、鬼龍さんがすかさず、後を続けてくれた。
「吉良の彼女、椎名から聞いてるっしょ?」
つい、赤くなってしまう。
もう…本当に、何年彼女をやっていてもそうなる自分に呆れた…
「え〜…っ!細いし可愛いし綺麗だしスタイルいいし…普通にモデルさんだと思いました!」
口元に手を当てて驚いてくれるあたり、未来さんて…いい人だ。絶対!
褒められてホクホクしながら入っていくと、そこは板張りの古めかしい雰囲気が漂う、ホールのような場所。
「まずはランチにしよう」と言って、私を迎えに来る途中で買ってきてくれたというターキーサンドをテーブルに広げた。
すすめられてサンドイッチを頬張りながら、吉良はお昼ごはんを食べたかしら…と気になる。
すると鬼龍さんが、食べてる私の写真を撮って、何やら携帯を操作しているので慌てた…!
「あの…吉良に送ろうとしてますよね?」
「うん。お姫様はちゃんとランチにありついてるよって知らせてやろうと思ってw」
「だったら…も、もう1回撮ってください」
私は乱れた前髪を直して、口元にマヨネーズとかアボカドとかついてないか確認して座り直す…
「可愛い…!吉良さんに送られる写真はちゃんと可愛く撮って欲しいんですよね?…なんて可愛らしい人なんでしょうっ?!」
突然未来さんに抱きつかれて焦ってしまった…!
「吉良は仕事が終わり次第、こっち来るってさ」
ランチがすんで、今度は何やらメイクをされるらしく、大きな鏡の前に座らされた私に鬼龍さんが教えてくれた。
「ほ…ほうらんれすれ…はりらろ、ほらいらふ」
リップを塗ってもらっていたので、口を動かせなかった…
一応『そうなんですね。ありがとうございます』と言ったつもり。
「ごめんなさい。しゃべれなくてご不便でしたね」
そう言って眉を下げたのは、メイクとヘアをやってもらうプロのアーティストの方だ。
長い髪を緩くポニーテールにした、やたら美しい女性…!
「本日担当させていただきます、
RITA Royal Garden銀座本店の、
霧島美亜と申します。よろしくお願いします」
始まる前に挨拶してくれた方は、ものすごい美人なのにものすごく丁寧で腰が低い。
…こんなスーパーレディが私に触ってくれるなんて、美人が移りそうで嬉しい…!
「美亜ちゃんどぉ?モネちゃん、素材よくない?」
「それはもう…正直驚きました。私なんて必要ないんじゃないかと思うくらいで…!」
「…それは言い過ぎでしょ?」
リップサービスだとしても、美亜さんに褒められるのは嬉しい…。
憂さんに落とされても全然平気!
美亜さんは私に適度に話しかけながら、憂さんが言うイメージに私を変身させていく。
それはゆっくりかけられる魔法のようで、まるで夢を見ているみたいだった。
「…作業中に、す、すいません。あの、美亜さんて…どこか事務所に所属されてますか?」
ツツ…っと横歩きで近づいてきたのは未来さん。
口ぶりから、スカウトしたいのが見て取れる。
「いえ…私はただの美容師で、雇われ店長をしているくらいです」
困ったように笑いながら、近づいてくる未来さんに答えていた。
「未来さん新人発掘?…だったらこれ見てよ!」
鬼龍さんがパソコンで繋いだ動画を流した。
そこには、きらびやかな舞台の上に立つ美亜さんと…
「すっげーカッコいい男!モデル?」
「…えぇっ?ちょっと、これなんですか?」
驚く憂さんに見せられた動画にチラリと目をやって、未来さんも驚きの声をあげる。
そして引き寄せられるようにパソコン画面に近づいた。
美亜さんがメイクをされながらも気になるだろうと、椅子を近づけてくれる。
リズミカルな音楽のなか、長身の男性が優雅に舞台上を歩き、あちこちから指笛や歓声をかけられ…笑う顔は、吉良を見慣れている私でも驚くほどの美形だ…!
私が画面に食い入るように見ていることに気付いて、一旦メイクを止めた美亜さん。
私だけに聞こえるように静かな声で言った。
「モデルは、黒崎嶽丸と言いまして。私の…お、幼なじみというか、と…友達…いえ、その…」
見上げると、美亜さんはほんのり頬を染めていた。
あ…好きな人なんだなぁ…
恋人、まではいかない関係?
でも私には、モデルの男性が美亜さんにとって特別な人なんだと、しっかり伝わってきた。
一緒に画面を見つめる美亜さんの目が優しく色づいているのを見て、私までほんわかあたたかい気持になる。
恋をしてるんだなぁ…この、黒崎嶽丸さんという人に。
うまくいってほしい…幸せになって欲しい…
そう思って見上げた私と美亜さんが笑い合った瞬間、ホールのドアが勢いよく開いた。