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7章…第4話

おやすみのキスをして、手をつないで。


明かりが消えた後、隣で眠る吉良を見上げたら、目が合った気がする。


「どうした?」って…いつもの声が聞こえないから、少ししてもう一度見あげたら…もう吉良は目を閉じてた。


3日の出張のあと、熱を交わさずに眠るなんて初めてだ。


…それは、吉良の優しさ?


それとも、酔いつぶれて鬼龍さんに送ってもらったこと、怒ってるの?



何とも言えない…拭いきれない違和感を感じながらも、私から吉良に詰め寄るなんてできない。




…いつの間にか私も眠りに落ちて、翌朝を迎える頃、吉良がベッドから降りる気配で目覚めた。


起きるには早い時間。

ドアを出ていく吉良、なんとなく予感がして、私も後に続いてみる。


…見つかったらトイレに起きたと言おうと思い、そっとリビングに行くと、ベランダに続く窓が開いてる…


ゆらゆら揺れる白いカーテン越しに、愛しい人の姿が見える。


ふと…タバコの匂いがした。


昨日に続き、また?


それは何か、表現できない心の変化のような気がして…私は立ち尽くして、カーテン越しにいつまでも吉良を見つめていた。






2人の中の、何かが噛み合っていない。そんなもどかしい数日を過ごした。


吉良は、気に病んでるの?

自分の過去を、それを…私に知られたことを。

そして、酔いつぶれて親友に送ってもらった私を…責めてるの?


なんでも知るべきじゃなかった…?

言うべきじゃなかった?

後悔しそうになって、慌てて自分の思考を止めた。




「吉良、私ちょっと、出かけてくるね」


休日、紺色のシャツワンピースを着た。

白いバッグと、今日は日傘を持っていこう。



「…どこ行くの」


休日、2人で家事をした後、吉良は持ち帰った仕事をしていた。


声をかけた私の姿をサッと見て、もう一度視線を合わせる。



「霧子から連絡があって、ちょっとランチに行ってくる」


「霧子ちゃんか…」


少しの間の後、吉良は「気をつけて行きな」と、抱き寄せておでこにキスをしてくれた。




連絡をくれて、誘ってくれたのは霧子だけど…私も吉良とのことを聞いてもらいたくて、すぐに話はまとまった。


霧子の住まいとのちょうど中間で待ち合わせる。

そこは大きなターミナル駅。


どこでランチをしてお茶をしようか…考えながら待っていると…


霧子から着信が入った。


「モモ…ごめん!やっぱ今日、ダメになっちゃった…」


何があったのか聞いてみると、派手な喧嘩をした彼氏が、たった今家に来た…と言う。


「出かけようとしたら、ちょうどあいつが来ちゃって…」


彼氏と連絡を絶って1週間。

こんなに長い期間、連絡を取り合わなかったのは付き合って初めてで、その話を聞いてほしかった…という。


「でも、土下座して謝ってるから…ちょっとは話を聞いてやろうと思って…」


霧子はそう言うけど、喧嘩のキッカケは、きっと浮気とかの大ごとではないのだろう。


「…そっか!じゃあ改めて、話聞かせてね!」


何度も謝罪され、私は笑って着信を切った。



元気を装ってみたけれど…私のモヤモヤを吐き出す場所が無くなってしまった…


錦之助は確か、この週末は実家に帰るって言ってたし…このまま帰ろうかな、と思った時だった。



「…モネちゃんじゃない?」



男の人の声に振り向く。

それは…


「鬼龍さん…!」



白シャツに黒い細身のパンツ。

いつもと少し雰囲気が違う感じがするけど…


「仕事帰りだよ」


「そうなんですか…!あ、でも今日土曜日…?」


「言ってなかったっけ?俺、デンタルクリニックに勤めてるんだよね」


「…デンタル…」


…歯医者さんっ?!


そう言われてみれば…マスクとか白衣が似合いそう…


「モネちゃんは?吉良と待ち合わせ?」


「いえ…霧子と会う約束で出てきたんですど…」


キャンセルになった経緯を話すと、鬼龍さんは気楽な様子でランチに誘ってくれた。


「…あ、」


吉良の様子が少しおかしいこと、鬼龍さんに送ってもらったことと関係していたら…


その時、キュルキュルと私のお腹が鳴った…


「…なんか食べさせろって言ってるよ?モネちゃんのお腹…!」


鬼龍さんは遠慮しないで…と言いながらクスクス笑って、私の背中をそっと押す。




「吉良も呼ぼうか?」


店内のあちこちに観葉植物が置いてあるジャングルみたいなお店。


ミントの香りがして、心地いい。


「はい…でも、出てくるとき、仕事をしていたので…無理かな」


ふと…思いついた。

鬼龍さんに吉良の話を聞いてみようか。


霧子に話すはずだった、最近の吉良の変化、鬼龍さんなら理由がわかるかもしれない。


…そして、吉良の過去。

当時の、吉良のこと。


「そっか。じゃあ連絡だけしておこうか」


鬼龍さんが携帯を出したので、私はそれを止めて、自分から伝えると言った。


『お仕事してたらごめんなさい。…霧子がね、急にキャンセルになっちゃって、帰ろうとしたら偶然鬼龍さんに会ったの。…で、ランチを食べて帰ることになりました。

…吉良も来ますか?』


お店のURLを貼って、ポン…と送信した。


…すぐに、既読にならない。


私はあまり気にしないようにしてスマホを脇に置き、鬼龍さんが渡してくれたメニューを覗き込む。


う…全部英語…?フランス語?

なんにも読めない…


「尋常じゃない腹の減り方だったら…この『ポークソテー赤ワインソース』がオススメ。そぅでもない普通の減りだったら、『スズキのポアレと焼き野菜』がいいと思うよ?」


一文字一文字解読しようとメニューを見つめていたら、鬼龍さんが助け舟を出してくれた。


「あ、じゃあ…ポークソテー赤ワインソースで…」


パタンとメニューを閉じると、鬼龍さんが笑う。


「これ外人向けのメニューじゃん!ちゃんと日本語のあったのに…w」


「そうだったんですか…外国語で書かれたメニューなんて、すごくお高いお店なんじゃないかと思ってドキドキしました…!」


「全然!至って普通の店だよ?」


それを聞いて安心した…!

日本語メニューにはちゃんと日本円で料金も書いてあり、私が頼んだポークソテー赤ワインソースは、セットで2000円弱。

…いつもの値段だと、ホッとした。




注文し終えて、吉良から返信が来た。


『俺はまだ終わりそうもないから、モネは食べておいで。鬼龍におごらせろよ?』





「…で?何があったの?」


まだ何も言ってないのに、鬼龍さんに聞かれて…驚いてその顔を見上げた。


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