気付けば、2時間以上たっていた。
「吉良が嫉妬に狂う前に、帰ろうか」
自分の分を出そうとしたけど、鬼龍さんは財布をもっていないから、と言って受け取ってくれなかった。
電子決済やらなにやら言う私に、今度吉良に払わせると納得させてくれて、笑って歩き出す。
「そういえばさぁ、この前モネちゃんが大酔っぱらいになったときのこと、俺も謝っておくわ」
「…え?わざわざ送ってもらって、迷惑かけたのは私で…」
「いや、もし…知ることがあったら、俺の謝罪を思い出して!」
…鬼龍さんはいたずらっぽく笑って謎の言葉を残し、沿線の違う改札に行ってしまった。
…どういうこと?
私の知らないことがあるの?
あの酔っぱらいになった夜、私はいったい、何をしでかしたんだろう…
いや、鬼龍さんは…俺の謝罪を思い出してって言ってた。
…ということは、私は鬼龍さんに謝罪されるようなことをされたの?
「ま、まさか…!」
そこまで思って、あの夜衣服に一切の乱れがなかったことを思い出す。
それにそれに…聞いた話では、EDって言ってた。
今はどうなってるかわからないけど…。
と、いうことは…
「…吉良?」
考え事をしながら電車に乗って、あっという間に最寄り駅についたらしい。
…改札を抜けたところに、白いジャージ姿の吉良が壁にもたれて立っているのが見えた。
迎えに来てくれたのかな…
ホッコリして小走りで近づいてみると…1人じゃないことに気づく。
赤いミニスカートに豹柄タンクトップ。茶色い髪をポニーテールにした派手な女性…
一瞬、過去のバイトのお客さんなんじゃないかと思った。
それにしては吉良の表情が柔らかい…?
2人が連れだってこちらに歩いてきて、私はとっさに物陰に隠れてしまう。
瞬間、携帯がメッセージの着信を知らせたので、驚いて飛び上がりそうになった。
「…嘘」
『急にごめん。今日は外で夕飯食べてくる』
ハッとして、派手な女性と歩きだした吉良を探した。
携帯を見ているうちに見失ってしまったみたい…
夕飯って…今の人と一緒に食べるってこと…?
さりげなくあたりを探してしまう。だけど、見つけたって声をかけられるのかと言えば…疑わしい。
私は恋人なんだから。
親に紹介までした婚約者なんだから…っていう強気な態度には、本当にいつまでもなれない。
鬼龍さんに話を聞いてもらってモヤモヤが晴れたのに、また曇ってしまった心の雨。なす術もなく…家に帰る道を、私はトボトボと歩きだした。
……………
ご飯くらい、なんでもない。
私だって鬼龍さんとランチしてきたし、錦之助と2人でご飯くらい行くし。
そう思ってみるものの、私の知らない女の人と2人っていうのが気になる…
それに、さっきの派手な女性に向けた屈託のない笑顔…
私の心はさらに重く…沈んだ。
「あ、白ワイン」
夕飯の時間になって、冷蔵庫を開けてみると、白ワインが冷えていることに気付いた。
料理に使うつもりだったのかな…
飲みすぎなければ平気。
先にシャワーして、炊きたてご飯でおにぎりを作って、グラスに注いだワインと一緒にいただきます。
「おにぎりとワイン…合わない…」
食べすぎないように隠していたチョコを冷凍庫から出して、食べながら飲んだ。
「おにぎりとワインとチョコ…変な夕飯…」
カシャッと写真を撮ってなんとなく…霧子と錦之助に送信した。
そして私はいつの間にか、ソファで眠ってしまったようで…
………
吉良が白いタキシードを着て、こちらに向かって手を差し出した。
でも私はいつもの部屋着で、王子様みたいな吉良の手を取るのを…迷ってしまう…
そしたら後ろからすごい勢いで、赤いドレスの女の人が走ってきて、私を突き飛ばして吉良の手を取ってしまった…
吉良…っ!
必死に呼んでるのに、吉良には届かなくて…
私じゃない人の手を取って、行ってしまった…
行かないで…吉良…行かないで…
「…ネ…モネ…?」
頬に手を当てられて、そっと目を開いた。
目の前の吉良の心配そうな表情を見て、まばたきと共に、涙が頬を伝った。
夢を…見ていたらしい…
「…大丈夫なん?…この子?」
聞きなれない女の人の声…
誰だろうと思うと同時に、私の視界にヒョウ柄タンクトップと茶髪のポニーテールが目に入った。
ハッとして体を起こすと、さっき吉良と一緒にいた女の人が、吉良と一緒に私をのぞきこんでいる…
やっぱり、急に夕飯食べてくるって、この人と一緒に…ってことだったんだ。
吉良は女性を私に紹介した。
「宮本凛々子。中学の時の幼なじみ。…今日バッタリ駅のそばで会って、せっかくだから、夕飯でも食べようってことになってさ」
凛々子さんは見た目派手だけど、すごく綺麗な人だった。
モテまくった吉良だけど、唯一凛々子さんだけは男友達と同じような付き合いだったという。
「…これがあの吉良の彼女かぁ…ベタ惚れなのわかる!めちゃくちゃ可愛い」
私のことを言ってるのはわかるけど…2人で顔を見合わせて、フフって笑ってるの、なんかイヤ…
「錦之助から着信が来たんだ」
何も言わない私に、吉良が付け足して説明する。
「モネが意味不明な画像を送ってきたから返信したけど、一向に連絡が取れないって…」
「そう!せっかくお酒飲ませて、モネちゃんとのなれそめを聞き出そうとしてたのに!…連絡が取れないって聞いてもう…大慌てで帰ってきたんだよ?」
2人に説明されて、私はさすがに申し訳なく思った。
「そ、それは…ごめんなさい。
あの、私は大丈夫なので、どうぞまた2人で…夜の街へ繰り出してください…」
ちょっと嫌味っぽかったかも、と思ったけれど、もう遅い…。
なんだか素直になれなくて…
変に拗れたら嫌だなって思うのに、止められなかった。
あぁ、ちょっと待って。
吉良の表情が曇る…
…怒られちゃう…!