「ごめんなさい、私はもう寝るので…!」
何か言いたそうな吉良と、驚いた顔の凛々子さんを置いて、私は寝室に逃げてしまった。
最悪…!
こんな嫉妬のしかた、可愛くないに決まってる。
でも、ごめんなさい…今は素直になれない…
吉良は…凛々子さんと夜の街に繰り出すことなく、リビングで少し話をしてたみたい。
1時間くらいで、凛々子さんが帰る物音がする。
吉良はその日、寝室に入って来なかった。
ギクシャクしてしまう吉良との日常が過ぎていく。
…そう思っているのは私だけなのか、ある日吉良は、ごく自然に言った。
「繁忙期に入って仕事がたまってしょうがないから、しばらく書斎にしてる部屋で寝るから」
「…うん、わかった」
凛々子さんが来たあの日から、吉良は寝室に入って来ない。
1人でのうのうとベッドで寝て、罪悪感がないわけじゃない。
腹を割って話せばいいのに、と思わないわけでもない。
でも今は、どんなに言葉を紡いでも、私の内面を表す言葉なんて見つからないと思うから…
私だって…もどかしい。吉良もそんな私を理解しようとしてくれてるのがわかって…焦りに似た気持ちまで生まれてしまう。
「今日電車でさ…見た目めっちゃヤンキーが、お婆さんに席を譲っててほっこりした」
「え~っ!そんな良き場面、私も見たかった…!」
その日起きた、何気ない日常を話して、笑って…
「…歯みがき粉ナッシング…」
「うわぁ…買い物ジャンケンだぁ」
「いいよ?…最初はグー…」
ジャンケン…ポンッ!
吉良の負け…!
後出しで負けるって…
わざと負けたんだ…吉良のバカ。
ううん、私の方が、もっとバカ。
おやすみ…と言って、別の部屋のドアを開ける私たちの夜が当たり前になる。
これでいいの…?と、毎回問いかけるくせに、自分から答えを出せない。
そんなある日、兄が仕事の関係でこちらにやってくると連絡があった。
「桃音のとこに泊まろうかと思ったんだけどさー」
「う…うん」
「聖也のとこでもいいと思ってさー」
「あ、そうなんだ」
「やっぱホテルに泊まることにしたわ。せっかくの東京、飲み歩きたいし」
「…それじゃあさっ!お兄ちゃん!!」
とっさに思いついたことを口走った。
言いながら、自分でも驚いてる…
「私も、お兄ちゃんと一緒に飲み歩いて、一緒にホテルに泊まる!」
「はぁ?ツインを取れってのか?めんどくせーし金かかるしいびきの文句言われそうだからやだ」
「じゃ、じゃあ…隣の部屋でいいから」
兄は珍しいことを言う私の異変に気付いてくれたみたいだ。
多くは聞かずに、隣の部屋を取る約束をしてくれた。
「吉良、明日の夜なんだけど…」
兄がこちらにやってくる前日、お互いに別の部屋のドアに手を掛けたとき、兄の出張と滞在を伝えた。
「…ホテルに泊まるって言うから、ちょっとそのへん案内してあげようと思って、私もその日は隣の部屋に泊まることにしたの」
だから明日は帰らない…
そう言ったとたん。
「…だめ」
大きな影が覆いつくすように見下ろしてきて…
「なん…で…?」
「モネがいない家なんて、絶対嫌だから」
瞬間、ふわりと拘束された。
久しぶりに抱きしめられて、すごくドキドキする…吉良の胸の高鳴りも同じくらい早くなってるのが聞こえる…
「モネがいなきゃ死んじゃう。1日だって耐えられない…」
吉良の声が、久しぶりに近くで聞こえる。
思わず見上げてみると、重なった視線…すぐに唇も落ちてきた。
キスを落とし何度も啄み、抱きしめた手が、寝室のドアを開ける。
吉良はベッドに座り、立ったままの私を抱き寄せた。
「モネがいない家なんてやだ。モネがいない夜も、耐えられない」
待って…初めて芽生える感情に、心が追いつかない…
可愛い…
吉良が可愛い…
「いろいろ、あって…俺、素直になれなかった」
「それは…私も」
ごめんなさい…耳元で小さく言う私に、吉良は熱っぽい視線をよこす。
「…何もしないから、しばらく抱きしめてていいか…?」
吉良は座ってるから、私より目線が低い。見上げてくる吉良なんてめずらしくて…私は思わずその頭を撫でて答えた。
「いいよ…」
ベッドに上がり、枕をクッションにして寄りかかって座った。
「…男の場合、これは仕方ないから。気にしないで」
ベッドの上で背後から抱きしめられ、密着すれば…腰のあたりに伝わる昂りを、吉良はそんな風に言った。
「モネと触れあって安心したい…モネがここにいるって、触れて確かめたいだけだから…」
後悔した…
吉良の生い立ちを知っていたのに、寂しい思いをさせてしまった。
「ごめんね。吉良…私…」
私の胸元でクロスされた吉良の腕に手をかける。
「俺の方こそ…ごめんな」
吉良は私の頬に軽くキスを落とすと、意外な話を語りだした。
「ずっと…モヤモヤしてて」
それは、私も初めて聞く話だった。
「俺の出張中、憂の会員制のバーに行った時、鬼龍にここまで送ってもらったって話…」
大酔っぱらいになって、迷惑をかけた話…吉良にも鬼龍さんにも謝ったはずだけど、やっぱりあれが尾を引いてるの…?
「鬼龍に白状された。あの夜…」
あの夜…?何かあったの?