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7章…第7話

「ごめんなさい、私はもう寝るので…!」


何か言いたそうな吉良と、驚いた顔の凛々子さんを置いて、私は寝室に逃げてしまった。


最悪…!

こんな嫉妬のしかた、可愛くないに決まってる。

でも、ごめんなさい…今は素直になれない…



吉良は…凛々子さんと夜の街に繰り出すことなく、リビングで少し話をしてたみたい。


1時間くらいで、凛々子さんが帰る物音がする。


吉良はその日、寝室に入って来なかった。




ギクシャクしてしまう吉良との日常が過ぎていく。


…そう思っているのは私だけなのか、ある日吉良は、ごく自然に言った。



「繁忙期に入って仕事がたまってしょうがないから、しばらく書斎にしてる部屋で寝るから」


「…うん、わかった」


凛々子さんが来たあの日から、吉良は寝室に入って来ない。



1人でのうのうとベッドで寝て、罪悪感がないわけじゃない。

腹を割って話せばいいのに、と思わないわけでもない。

でも今は、どんなに言葉を紡いでも、私の内面を表す言葉なんて見つからないと思うから…


私だって…もどかしい。吉良もそんな私を理解しようとしてくれてるのがわかって…焦りに似た気持ちまで生まれてしまう。




「今日電車でさ…見た目めっちゃヤンキーが、お婆さんに席を譲っててほっこりした」


「え~っ!そんな良き場面、私も見たかった…!」


その日起きた、何気ない日常を話して、笑って…



「…歯みがき粉ナッシング…」


「うわぁ…買い物ジャンケンだぁ」


「いいよ?…最初はグー…」


ジャンケン…ポンッ!


吉良の負け…!


後出しで負けるって…

わざと負けたんだ…吉良のバカ。


ううん、私の方が、もっとバカ。





おやすみ…と言って、別の部屋のドアを開ける私たちの夜が当たり前になる。



これでいいの…?と、毎回問いかけるくせに、自分から答えを出せない。



そんなある日、兄が仕事の関係でこちらにやってくると連絡があった。




「桃音のとこに泊まろうかと思ったんだけどさー」


「う…うん」


「聖也のとこでもいいと思ってさー」


「あ、そうなんだ」


「やっぱホテルに泊まることにしたわ。せっかくの東京、飲み歩きたいし」



「…それじゃあさっ!お兄ちゃん!!」


とっさに思いついたことを口走った。

言いながら、自分でも驚いてる…



「私も、お兄ちゃんと一緒に飲み歩いて、一緒にホテルに泊まる!」


「はぁ?ツインを取れってのか?めんどくせーし金かかるしいびきの文句言われそうだからやだ」


「じゃ、じゃあ…隣の部屋でいいから」


兄は珍しいことを言う私の異変に気付いてくれたみたいだ。

多くは聞かずに、隣の部屋を取る約束をしてくれた。





「吉良、明日の夜なんだけど…」


兄がこちらにやってくる前日、お互いに別の部屋のドアに手を掛けたとき、兄の出張と滞在を伝えた。



「…ホテルに泊まるって言うから、ちょっとそのへん案内してあげようと思って、私もその日は隣の部屋に泊まることにしたの」



だから明日は帰らない…


そう言ったとたん。





「…だめ」






大きな影が覆いつくすように見下ろしてきて…



「なん…で…?」



「モネがいない家なんて、絶対嫌だから」





瞬間、ふわりと拘束された。




久しぶりに抱きしめられて、すごくドキドキする…吉良の胸の高鳴りも同じくらい早くなってるのが聞こえる…



「モネがいなきゃ死んじゃう。1日だって耐えられない…」



吉良の声が、久しぶりに近くで聞こえる。


思わず見上げてみると、重なった視線…すぐに唇も落ちてきた。


キスを落とし何度も啄み、抱きしめた手が、寝室のドアを開ける。 

吉良はベッドに座り、立ったままの私を抱き寄せた。



「モネがいない家なんてやだ。モネがいない夜も、耐えられない」


待って…初めて芽生える感情に、心が追いつかない…


可愛い…

吉良が可愛い…




「いろいろ、あって…俺、素直になれなかった」


「それは…私も」



ごめんなさい…耳元で小さく言う私に、吉良は熱っぽい視線をよこす。





「…何もしないから、しばらく抱きしめてていいか…?」


吉良は座ってるから、私より目線が低い。見上げてくる吉良なんてめずらしくて…私は思わずその頭を撫でて答えた。


「いいよ…」



ベッドに上がり、枕をクッションにして寄りかかって座った。



「…男の場合、これは仕方ないから。気にしないで」


ベッドの上で背後から抱きしめられ、密着すれば…腰のあたりに伝わる昂りを、吉良はそんな風に言った。



「モネと触れあって安心したい…モネがここにいるって、触れて確かめたいだけだから…」



後悔した…

吉良の生い立ちを知っていたのに、寂しい思いをさせてしまった。


「ごめんね。吉良…私…」


私の胸元でクロスされた吉良の腕に手をかける。


「俺の方こそ…ごめんな」


吉良は私の頬に軽くキスを落とすと、意外な話を語りだした。



「ずっと…モヤモヤしてて」


それは、私も初めて聞く話だった。


「俺の出張中、憂の会員制のバーに行った時、鬼龍にここまで送ってもらったって話…」


大酔っぱらいになって、迷惑をかけた話…吉良にも鬼龍さんにも謝ったはずだけど、やっぱりあれが尾を引いてるの…?



「鬼龍に白状された。あの夜…」





あの夜…?何かあったの?


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