鬼龍から着信が入った。
なんと…奴のところに、金沢さんから電話が入ったらしい。
「ご機嫌いかが?…だとさ」
「モネに揺さぶりをかけて、俺たちの仲に変化があったか知りたかったんだろ」
鬼龍は、モネがまた退社後に彼女に誘われたら厄介だと警戒した。
モネを見張ろうと申し出てくれたが、俺はそれをきっぱり断る。
「…毎日迎えに行く」
「吉良、繁忙期だろ?」
「いいよそんなの、気にするな」
それに…
金沢さんとは1度しっかり話をしなければならない。
ただ逃げ回るだけではだめだ。
俺には守るものがある。
場合によっては弁護士や警察の力を借りることも考えていた。
「そっか。だったら安心だな。だけど…」
何を言い出すのか、俺は携帯を持ち替えた。
「1人で金沢さんと話すなよ。同席しなくても…俺らが近くで待機するから」
俺の考えはお見通しらしい。
やっぱり親友だな…と、こういう時思う。
でも気に入らない。
俺が頼む前にモネを勝手に護衛するなよ?
鬼龍との電話を切り、何気なく部屋のドアを…その先の寝室のドアに目をやった。
…モネはもう、寝ただろうか。
さっき感じた柔らかいモネの体を思い出す。
熱を帯びたまなざし。
それが自分に注がれると、途端に騒ぎ出す心臓…
最近のモネは、ただの「可愛い女の子」ではなくなりつつある。
色気とかそういうもの以前に、人としての深みが増したような、女性としての深い魅力がそこはかとなく漂う感じ。
社会人として数ヶ月。
いろんな経験をした結果なんだろうが…俺としては心配事が増えるわけで。
スマホにチラリと目をやって、今の時間を確認する。
やっぱり限界…もう一度、触れたい。
わざと勢いをつけて椅子から立ち上がり、部屋を出た向かいのドアに手をかけた。
声を掛けるべきか…否か…
一瞬悩んだが…ドアを開けてしまった。途端に、鼻先をかすめる花の香り…
モネは横向きになって眠っている。
枕元に座り、その寝顔を覗き込んだ。
長いまつ毛、バラ色の唇…頬と耳がピンク色…ちょっと暑いんじゃないのか?
そういえば枕元の明かりがつけっぱなしだ…手元に転がってる携帯を拾い上げ、危なくないところに置こうとして…
閉じきらなかった画面が見えてしまった。
「彼氏の怪しい行動10選…」
…は?俺のことか?
さっきあんなに抱きしめて、愛を伝えたと思ったけどな。
何をまた不安にさせたのかと思いを巡らせた。
「吉良…」
お約束みたいに、俺の名前を呼んで、仰向けに動いたモネ。
小さな手に触れ、口元に持っていってキスを落とす…
「モネち…ラブ。吉良の愛は全部君のもの…」
アニメみたいなキメ台詞に1人照れて…後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。
「今日から迎えに行くから。帰る頃メッセして」
翌朝、モネの新作おにぎりを頬ばりながりそう伝えると「…へ?」と言いながら固まった。
「…鬼龍のところに、金沢さんから意味深な電話があったらしいんだ。
…またモネに接触されたら嫌だから、迎えに行くよ」
今度は何も隠さず誤魔化さず伝えると、モネは少し眉をひそめて俺を見た。
「吉良のところには、金沢さんから…連絡来てないの?」
「来てないよ。…ってか、この前は鬼龍たちに庇ってもらって、金沢さんに連絡先はバレてない」
「…ならいいんだけど、金沢さん…どうして吉良のことあきらめてくれないんだろう。自分に愛はないって、わかると思うけど」
そう言いながら、手元のおにぎりを頬ばるモネ。
「あ…これ失敗かも…」
口元を指先で拭いながら、眉をハの字にして俺を見上げる。
「…そぉ?」
失敗作だというおにぎりをガブリを口に入れた。
「…やだっ!失敗って言ったのに!」
慌てたモネは、お皿を俺の手に押し付ける。
…ここ出せ、ということらしい。
確かに…なんとも言えない甘辛さと昆布の塩気が絶妙だが…
ちゃんと食べきった俺に、モネが怒ったような顔を向ける。
「モネの味がしてうまかったけど?ちなみになんてゆー具?」
「塩昆布砂糖醤油…」
「なにぃ…?w」
どういう取り合わせだ?
塩昆布に砂糖も醤油もいらないだろう普通…
あらゆるものを独自配合するモネのやることが可愛くて、つい目を細めてしまう。
「砂糖と醤油の他にも…絶対何か入れてる…」
そう言ってもうひとつおにぎりを手にした俺から、慌てて奪い返すモネ。
「だから…失敗作食べないでって!」
赤い顔をして視線を泳がせるモネが可愛くて…俺はつい、彼女の唇を奪ってしまった。
柔らかい唇を舌先で舐めながら、わずかに開いた唇の隙間に入る。
ほのかに感じるのは…ピーナッツクリーム。
隠し味を探り当て、納得したのに…次第に熱を帯びてしまって、自分で止められないキスに我ながら焦る…
朝から何を盛ってるんだ…!
「…ピーナッツだな」
やっと唇を離して、イタズラっぽくそう言えば「アタリ…」と素直に認めて下を向くモネ。
赤い顔と潤んだ目を見られるのが恥ずかしいらしく顔を伏せるが…今はその方が俺も助かる。
もう金沢さんのことは隠さないと決めたことが伝わって、少しずつモネが俺を受け入れてくれていると感じていた。
だからこのまま、少しずつ。
以前のような2人に戻れると思った。
季節は早くも暦上の秋。
結婚式の話を具体的に進めたい。
そう思っていたのに…
まさか数日後、こんな戯れが、夢のようだと感じることが起きようとしているなんて…