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7章…第10話

「毎日お迎えか…!綾瀬さんの溺愛はマジだなぁ!」


お疲れ!と言って帰っていく添島先輩。後ろをついていく万里奈も小さく手を振ってくれて…


会社を出たところですぐに手を繋ぐのが見えた。


吉良の溺愛はマジ…とか言って、添島先輩だってマジだと思うよ。うん…!


エントランスで吉良を待つようになって1週間。


帰りがけ、他部署の人とも顔を合わせることが多くなって、ありがたいお誘いを受けることも多くなっていた。



「1回でいいから…桜木さんと飲んでみたかったんです!」


同僚に冷やかされながら、私に片手を差し出す人。



「いえ…あの、私はその…人を待っておりまして…飲み会はまたいつか、部署の皆さんも誘って改めて…ですね…」


シドロモドロで片手を差し出す人に言い訳していると…そこへ軽くざわめきが起きた。



「シルバースタンレー社の、綾瀬さんだ…!」


ビジネスバッグを片手に、やって来た吉良にその場の視線が集まる。


みんなの注目を集めているのを知ってか知らずか、まっすぐ私のところへ歩いてきた。



「お待たせ。じゃ、帰ろうか」


女子社員の熱いまなざしが、シュン…と冷え、代わりに興味津々の視線に変わる。


人目を気にせず私の腰を抱くから、私たちの関係は一目瞭然…!



「ねぇ…もう、お迎えに来なくても大丈夫なんじゃない?」


金沢さん対策として、私を迎えに来ることになった吉良。

会社が奇跡的に近いからまだいいけれど、本当だったら会社で残業して片付ける仕事を持ち帰ってることに気付いていた。



「なに?…俺が迎えに来るの不満なわけ?」


ちょっと冷たく私をにらむ吉良。



「不満なわけないけど…忙しいのに大変そうだから…」


口を尖らせて言うと、私の唇をムニッとつまんで、吉良は笑った。



「そう思うなら、俺を癒しながら、仕事させてくれる?」


妖しげな表情から、言われることはなんとなく予想がついた。




…案の定、吉良は私を自分の前に座らせて、後ろから覆い被さるようにしてパソコン作業を始めた。


時折巻き付く腕とこめかみに感じるキス。ベタ甘だけど、心地いい…



金沢さん対策として迎えに来るようになって10日め。

ある日、仕事のトラブル発生で、さすがに迎えに行けないと連絡が来た。



「ごめん…タクシーでマンションまで帰ってくれる?」


「…わかった!ちゃんと帰るから、吉良も仕事頑張ってね」


そうは言ったものの、タクシーなんて大げさだと思っていた。


そこで…添島先輩とのデートはないという万里奈と、駅まで一緒に帰ることにする。


ビジネス街に人は多いし、大丈夫だ。


ところが…



「…ごめん。太一さんから…なんだろ?」


駅に着く直前、万里奈の携帯が賑やかに鳴り響いた。

私に断って画面を確認した万里奈の頬が染まり、口角が上がるのがわかる。



「…そろそろ仕事終われそうだって…」


ちょっと申し訳なさそうに言う万里奈。駅のそばで少しお茶しようと話していたところだったから、申し訳なく思ったらしい。



「そうか!それじゃ…会社に戻る?…それとも駅で待つ?」


「と、とりあえず…お手洗い行ってメイク直してくる…」


恋する女子の可愛い発言にクニャクニャしちゃう…!



「わかった!それじゃ私はここで」


お疲れさま…と言って、私は最寄り駅への路線を目指し、歩き出した。



タクシーで帰らなかったことは、帰宅した吉良に少し叱られたけど…


何ごともないまま、金沢さんから鬼龍さんに連絡が来て、20日が経過していた。





「もう本当に大丈夫だよ!帰りは必ず、同僚の誰かと帰るし、私もたまには残業もあるし」


吉良はそれでも、可能な限り私の会社に寄ってくれて、一緒に帰宅する日々は続いていた。







「すみません…この方を、そこのお車まで運ぶのを手伝っていただけませんか?」


会社帰り、万里奈と有名なパティシエのケーキ屋さんに寄った時のこと。


駅まで向かう途中だった。

昨夜、吉良と食べたいね…なんて話したのを思い出して、万里奈も買って帰るというので寄り道した。


入った途端、異変に気づいた。


シルバーのスーツ姿の女性が、私たちに背を向けて床に座り込んでいて、店員さんが手を貸している。



「あ…私、手伝います」


万里奈と、どちらからともなく店員さんに近寄り、力の抜けた女性を支えた。


お店の前の路上パーキングスペースにある赤い車が、女性の車らしい。


…運転席に人はいないみたいだけど、大丈夫なのかな…



女性の顔を見たのは「運転席に座らせてください…」と、小さく言った声を聞いたとき。


心臓が…ドクン…っと嫌な音を立てた。


この声を、私は知っている。


盗み見た目元は、細いアイラインが上がり気味に入って、口元は青白い顔色を隠すように赤い…



金沢さんだ…



途端に心臓が早鐘のように打ち始める。


でも…大丈夫…。


皆いるし、万里奈もいる。人通りも多い。


運転席に乗せた途端、金沢さんは後部座席にあるバッグに薬が入っている、と言った。


1番近くにいた私は、バッグを取るため車に乗り込んだ。

もちろん、ドアは開けたまま。



「それじゃ、私はこれで失礼します。ご協力ありがとうございました」


店員さんが店に戻ったのは仕方ないと思う。

広い店内にスタッフが1人。次々に入っていくお客さんを見て、戻らなければ…と思ったのだろう。



「偶然ね…助かったわ、桃音さん」


金沢さんが柔らかく微笑む。


「え?桃音の、お知り合いなの?」


「そうなの。桃音さんと…」


話し出す金沢さんの言葉を遮るように、言われたバッグを運転席に差し出した。



「お大事に、してくださいね」


車を降りようとしたその時だ。



「万里奈…!」


誰かに呼ばれ、万里奈の意識がそちらに向いた。

見ると…同じ会社の同期。



後部座席のドアが閉められ、車が動き出したのは一瞬のことだったと思う。



「…どうして…?金沢さん、私…降ります。…降ろしてください!」


声を上げながら後ろを振り返ると、万里奈が唖然として手を降っている…


知り合いだと思われている…

違う…!助けて…



手に持っていたはずの自分のバッグを探した。

中に携帯が入っている。

それですぐに万里奈に連絡して…


確かに持っていたはずなのに…どうして無いの?



「…おとなしくして?少し、話したいだけだから」



そばに置いたはずの私のバッグは…いつの間にか奪われてしまったらしい。


金沢さんが運転する車は、私の焦りをよそに、どんどん加速していく…



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