早く帰って、マンションの部屋に明かりが灯っているのを見て、安心したかった。
おかしい…と思いながら仕事のトラブルを片付けて、この時間。
携帯は、相変わらずメッセージを受信しない。
腕時計を見ながら…
モネが俺の心配を気にしないはずがない…と思う。
家に着いたら、帰ったよ…とメッセージを打つ姿まで想像できる。
皆にしわ寄せがいかない程度まで仕事を片付けて…俺は一足先に帰ることにした。
…その判断が遅すぎたとは。
明かりの見えない自宅を見上げ、モネに電話をかけながらエレベーターに飛び乗った。
「…出ない…メッセージの返信も、既読にもならない」
鍵を開けて玄関ドアを引く。
ほんのりその場を照らす玄関の照明以外、部屋の中に人の気配はなかった。
各部屋を見て回り、リビングはもちろん、キッチンにも風呂にもトイレにもいないとわかり、いよいよ嫌な予感がのど元にせり上がってくる。
「霧子ちゃん…錦之助…キミちゃん」
片っ端から、知っているモネの繋がりに連絡してみるも、今日会っている確認は取れない。
「実家…お義兄さん…聖也」
家族か…仕事関係…
「添島さん…!」
前に一緒に飲みに行って、プライベートの携帯番号を交換していた。
携帯に入っている連絡先から探そうとして…
まさにその本人から着信が来て驚いた。
無意識に時間を確認した。
20時過ぎ…
「添島です…!お疲れのところ、申し訳ありません」
「いえ…ちょうど私も添島さんに連絡しようとしてたところで…」
「え…?それじゃ、もしかして桜木さん…帰ってないんですか?」
添島さんの言葉に血の気が引いた。
「そう…なんです。帰ってみたらいなくて、携帯に連絡しても繋がらないし、今心当たりを探しているんですが…」
「実は…万里奈が、今日一緒に会社を出たらしいんですよ」
なんだって?!
俺は携帯を握りしめ、話の続きを促した。
…添島さんの話では、最寄り駅近くのパティスリーで、具合の悪い人に出くわし、モネと2人で手を貸したという。
「…その人の車に、皆で手を貸して、連れて行ってあげたそうなんですが…」
「…車は?赤いセダンですか?」
「え…?ちょっと待ってください」
その場に万里奈さんがいるらしい。
もし…赤い車だとしたら、金沢さんの可能性が出てくる…
「…お待たせしました。車種はよくわからないらしいんですが、確かに赤い車だったようです」
…指先が、どんどん冷たくなるのがわかる。
「…お電話代わりました。あの、具合悪くされた方、桃音のお知り合いの方じゃなかったんですか?」
万里奈さんが代わってくれたようだが…その質問には答えにくい。
「…その時の状況を、詳しく教えていただけますか?」
「はい…」
ひと通りの話を聞いて、隙をみて連れ去られた可能性があると感じた。
金沢さんと思われる女性に…
「申し訳ありません…知り合いだって言ってたのと、女性の方だったので、突然桃音を乗せて走り去ったことに不審感を抱くのが遅れて…」
万里奈さんは、たとえ知り合いの車に乗って行くことになったとしても、何も言わずに行ってしまうなんて桃音らしくないと言った。
「急に行っちゃってごめんね、とか…そんなメッセージ1つよこさないような子じゃないんです!」
万里奈さんもメッセージを送ったが返信はなく、既読もつかず、心配になって添島さんに連絡したという。
万里奈さんは涙声になり、添島さんに代わった。
「万里奈も、急に心配になったみたいで…」
嫌な予感が的中したということだ。
俺は2人に深くお礼を言い、状況がわかったら知らせる約束をして、電話を切った。
「…桃音が、金沢さんに連れ去られたかもしれない」
その可能性が強くなった今、一刻の猶予も許されない。
金沢さんから着信が来たという鬼龍に連絡した。
「…マジか。とりあえず、そっち行くわ」
金沢さんの携帯番号を聞いて、鬼龍を待ちながら電話をかけてみた。
…こっちの履歴が残る、とか言ってられない。
面倒なことになったら、番号を変えれば済むことだ。
1,2,3…呼び出し音を、ジリジリした思いで数える。
出ろ!着信に気づけ!電話に出ろ!
お前の狙いは俺だろう…?
どうして桃音を連れ去った?
…彼女に指1本触れてみろ…俺はお前を許さない…!
何度鳴らしても繋がる気配がなかった。
一旦切って、桃音の携帯にGPSをつけなかったことを後悔した。
学生の頃に持っていた携帯にはつけていた。
どこで何をしているのか気になっているくせに、カッコつけていろいろ聞けなくて…有無を言わせずアプリをインストールした。
社会人になるタイミングで変えた携帯には…つけていない。
それは、桃音を信用するとか尊重するとか、そんな気持ちの現れだったと思う。
彼女が俺の行動を監視したくて、GPSを入れると言ったら拒まなかっただろうし、反対に俺も素直に入れることができただろう。
でも…桃音はいつも俺を信じてくれた。
不安にさせることもあったかもしれないが…最終的には無条件で俺を信じて、笑って、受け入れてくれた…
「モネをずっと桃音って…」
心の中で呼ぶ名称が、モネから桃音になっていることに気づいて苦笑した。
モネ…桃音、桃音…!
祈るようにコールする、何度目かの電話に、金沢さんはやはり出ない。
…そこへ鬼龍がやってきた。
「偶然憂から着信来たから、一応モネちゃんのこと伝えた」
「…あぁ。ありがとう」
鬼龍は偶然なんて言うが、わざわざ知らせてくれたことはわかっている。
そして合流するだろう憂も、偶然を装ってくれるに決まってるんだ。
今回も椎名には黙っておいて、後で真相を激白か?…
…後で、すべてが解決したら…
警察への通報…そんな考えが浮かんだとき、ふと鬼龍が言う。
「…モネちゃんをいったいどこに連れて行ったのか、だな」
そのひとことで…一瞬、ある場所が脳裏をかすめた…
都内ではあるが、郊外の片田舎。
幹線道路から少し裏に入って、畑や工場がちらほらある場所…
何度か、せがまれて送って行ったことがある。
部屋の中に入ることは拒んだが、もし今もそこで暮らしていたら…
あたりの風景が大きく変わっていなければ、多分たどり着ける。
もちろん警察への通報も頭に置きながら、俺は最短で行けるルートを頭に描き、車に飛び乗った。