…横向きに倒されたまま放置されて、どれくらいたったのか。
ギリギリと足を踏まれ、頬を叩かれたけど、さっき流した涙は完全に乾いていた。
金沢さんはこちらを向いてソファに座りながら、携帯を操っている。
もう1台携帯を持っていたのか…
外に出た形跡はないから、トランクから取り出したものではないだろう。
携帯で何をやっているのか…
忙しく手を動かしている。
ゲーム…?
意識がこちらに向いていないうちに逃げ出したい…でも手錠に足枷、椅子に縛られている状態では、体を動かすことも不可能だ。
さっき外へ飛び出した時、どうして闇雲に走らなかったのか…
後悔がよぎって、手錠されている手を、グッと握ってしまった。
その時、突然玄関ドアがノックされた。
ドンドンっ…と、何度も。
金沢さんが弾かれたように立ち上がり、軽い足取りでこちらへ来る。
「待ってぇ…そんなに叩かないでよ、ドア壊れるからぁ」
鼻にかかる甘い声。
さっき言ってた、金沢さんの客という男…?
恐怖で体がこわばる…
この状況で金沢さんの仲間が入ってきたら…私は、一巻の終わりだ…
いやだ…開けないで…
無情にも施錠が解かれたドアを見た瞬間、恐怖で目をギュッと瞑ってしまう。
「…モネ…!」
…緊張感に満ちたその声は、
吉良…。
ドアが開いた瞬間、外の空気が入ってきて…こんな時でも感じる、愛しい人の香り…
「…っっ…!!」
猿ぐつわをされていて声が出せない…でも、吉良が来てくれたことが嬉しくて、涙が溢れてきた。
「…なんで来るのよぉ?吉良ぁ!」
髪の乱れを直しながら、吉良の正面に立つ金沢さんが、私の視界から吉良を消してしまう。
「急じゃない…?ねぇ、どうしてここがわかったの?」
私が帰らないことを不審に思って探してくれたに決まってる。
でも金沢さんは、違う解釈をしているらしい。
「このアパート、覚えててくれたのね?あの頃、よくここまで送ってくれた…」
金沢さんは何も目には入らない様子で、目の前の吉良に抱きつこうとした。
「やめろっ!さわるなっ」
伸びてきた彼女の手を強く振り払い、それでも近づいてくる体を突き飛ばし、吉良は私のそばに来てくれた。
「なんでそんなこと言うの?…吉良、私に会いに来たんでしょ?」
金沢さんは、それでも吉良に話しかけるけど…吉良は私の、あまりの姿に驚いて顔面蒼白になっている。
「…なんで…何も悪くないモネをこんな目に合わせるんだ…っ?!」
金沢さんを睨み、平手打ちをくらって赤く腫れた私の頬をそっと撫でた。
そして、見たことがないほど悲しそうに顔を歪める。
「あんたが恨んでるのは俺だろうっ…っ!なんで…モネを…っ!」
手錠に足枷、椅子に縛り付けられ、倒れて猿ぐつわ…確かにひどい目にあったけど、でも私は、そんなことはどうでもいい。
それより、吉良を傷つけられたくない気持ちの方が先。
「あ…うぅ…」
金沢さんはもう、まともな判断はできないと、伝えたかった。
だから油断しないで…と。
吉良は涙を流しながら唸る私の猿ぐつわを外し、椅子に縛られていた縄を解いてくれたところで…
恐れていたことが起きた。
「…どうして無視するのよぉーっっ!」
金沢さんの両手に、陶器でできた灰皿が握られているのが見えた。
それを持ち上げ、振り下ろそうとした先は、無防備な後ろ向きの吉良。
私はとっさに吉良に覆い被さった。
反射的に何が起きたか察したのか、吉良は素早い身のこなしで私を脇に抱え、陶器を振り下ろした金沢さんの手首を握った。
…自分に当たるまで、数センチ…
「こんなことして、ただですむと思うなよ…!」
すぐ脇で見ていて、2人が一歩も引かないのがわかる。
ギリギリと音がしそうなほどの力の攻防だ。
私は思わず、金沢さんに言った。
「お願い…お願いだから、もう吉良を傷つけないで…」
これまで…何度も何度も、傷ついてきた人なの…
あなたが吉良を幸せにしてくれるなら、私は身を引いてもいいから…
「お願い…!こんなことやめて…」
自由のきかない両手両足で、それでも私は吉良をかばう。
自分より大切な人だから…
吉良を傷つけられるのは見ていられないの…
一瞬、金沢さんの瞳が揺れた気がした。
吉良もそれを見逃さず、瞬時に掴んだ手首を床に持っていき、わずかに捻ると…陶器の灰皿が嘘のように手から滑り落ちた。
「鍵は?手錠と足枷の鍵を出せ!」
私を片手に抱きながら、金沢さんに向かって手を出す吉良。
自分に向けられた吉良の視線に、一瞬彼女が笑った気がした。
まだ諦めてない…
「…危ない!」
私が叫ぶと同時に、彼女は吉良の手をつかみ、自分の方へと引っ張った。
「…会いたかった…吉良!合いたかったのよ…愛美、吉良がいなくて寂しかったのぅ…!」
愛美…とは、金沢さんの名前なんだろう。
甘い声を吐き出しながら、吉良に抱きつき、その顔を見上げる金沢さん。
吉良は抱きつく金沢さんの両腕を力づくで引きはがし、距離を取ろうとした。
「…ふざけんなっ!あんたとの縁はもうとっくに切れてる!何度言えばわかる?…頭がおかしいのかっ!」
「縁が切れたなら…もう一度つなげばいいじゃない…ほら、こうして、以前のように…」
吉良の手を取って、自分の胸元に当てる。そしてもう片方の手で、吉良の体を弄った。
「吉良に触らないで…!」
たまらず声を上げ、必死に金沢さんと吉良の間に入ろうとする。
「邪魔すんなっ!小娘ぇっ!」
汚い言葉で罵り、私に手を挙げ、唾を吐きかける金沢さん。
もう完全に狂ってる…
僅かな隙を突いて吉良に跨った彼女は、自分で服を脱ぎだし…吉良の服に手をかけた。