…その時だ。
玄関のドアが開き、携帯を手にした鬼龍さん、そして憂さんが姿を現した。
赤いソファのある和室の窓の方から、椎名さんも顔を覗かせる。
「…そこまでだ。金沢愛美」
憂さんの険しい顔を見て、目を見開く金沢さん。
「今の、全部録画したからね。吉良に対する性暴力、それからモネちゃんを誘拐、監禁…」
鬼龍さんは私の顔を見て、眉間にシワを寄せる。
「…暴力。モネちゃんにも暴力を振るったな」
私の頬が赤く腫れていることに気づいたみたいだ。
「…は、あはは…私の味方いないの?ねぇ…私のこと見てよ…」
鬼龍さんと憂さんに向かっていく金沢さんの表情は、次第に怒りを帯びていくのがわかる…
「…こんな犯罪をおかして、俺たちの親友とその嫁になる人を傷つけて、誰が味方になるってんだ?…あぁ?」
憂さんはそこまで言って、迫ってくる金沢さんの両手を縛り、その自由を奪った。
「…味方とか自分を見ろとか…どの面下げて言えるんだか…」
憂さんによって身柄を拘束され、ついに金沢さんは、その場にへたり込んでしまった。
「…モネ…」
吉良が私を抱きしめ、泣き出した。
「モネに、こんな…こんな目に合わせて、お、俺は…」
吉良が泣いてる…
はじめは俺さまで意地悪で、言葉が足りなくて、本当に愛されてるのか…とことん私を不安にした吉良が。
「…大丈夫。吉良、私は大丈夫だよ」
いつしか…不器用な吉良の愛がストレートな愛に変わったのは、私のまっすぐで強い愛が、影響したと思っていいかな?
ごめん…を繰り返す吉良。
「いいの。吉良が悪いんじゃない…」
…私は、この胸に帰ってこられたから、もう十分幸せだよ。
やがて3人が呼んでくれたらしいパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「…い、いや…!私…いやっ!」
自分が起こした一連の出来事で通報され、警察に連行されるとわかったんだろう。
途端に金沢さんが暴れ出した。
3人掛かりで押さえつけ、その間に椎名さんが「ところで手錠と足枷の鍵はよ?」と聞いている。
「知らない…私じゃない…なにも知らない…知らないっ!」
…金沢さんはもう、まともに話ができる状態ではなさそうだ。
「…手首、赤くなってる。足も…」
金沢さんは到着した警察官に有無を言わさず連行されていき、私の手錠と足枷は、警察の手によってやっと外された。
吉良が私以上に辛そうに、手首と足首に残るアザを見ている。
大したケガではなかったけれど、私は病院へ運ばれることになった。
検査の結果、骨折はなく、脳にも異常がないことがわかったが、肩と腕の打撲、そして首を絞められてついたアザもあり、大事をとって1日入院することになった。
「俺はこのままモネに付き添うから…本当に、ありがとうな」
病院まで全員で来てくれて、検査結果を聞いて安心した3人は、先に帰ることになった。
「録画したものは証拠になるから、警察に提出する」
憂さんがそう言ってくれて、ありがたさに涙が出る。
実は…吉良が部屋の中に入ったあと、ドアとキッチンの窓に僅かな隙間が開いてることに、私は気づいていた。
鬼龍さんと憂さんは、どうやらそこから中の様子を録画してくれていたらしい。
「いきなり大人数で踏み込むのも、金沢さんには危険だと思ってね。ほら、刃物とか持ってないとも限らないし」
「それに、俺たちは一応部外者だから、不法侵入とか言われたら厄介だからさ」
鬼龍さんと憂さんの説明に、椎名さんも加わった。
「吉良からモネちゃんが誘拐されたって聞いて驚いて!…ちょうど仕事で郊外にいたから、駆けつけたってわけよ」
椎名さんは、現場に一足先に到着していたらしい。
そこで機転を利かせて、和室の窓から中の様子を録画しておいてくれたのだ。
「吉良が絶対に1人で踏み込むなって言うからさ」
吉良がそう言ったのは、人気モデルである椎名さんを心配したからだ。
「…当たり前だろ。1番に助けに入るのは、俺に決まってるじゃん」
吉良の言葉に、ふふ…っと笑う椎名さん。
その本心を見抜いているらしい。
「モネちゃんが暴行されてる証拠は撮れたけど…もう少し吉良たちの到着が遅かったら、マジで突入しようと思ってた」
真剣な顔でそう言ってくれる椎名さんに、私はベッドに寝かされたまま頭を下げた。
「とにもかくにも…一件落着、だな」
鬼龍さんの言葉に、皆いっせいにため息を吐き出す。
今後、金沢さんがどんな罪に問われるかは見守っていくつもり。
私も吉良も、警察に事情聴取されるかもしれない。
でも、今回のことで、改めてわかったことがある。
それは、自分の吉良への気持ちの強さ。
ヘタレだった私が、殴られても蹴られても、手足の自由を奪われても…吉良を守りたい、傷つけたくないと思っているんだなぁ…って。
少し強くなったみたいで、嬉しくなる。
大人の女の人って強いもんね!
私も少しは近づけたかな。
「じゃ、モネちゃん…お大事にね」
3人が帰ろうとして、吉良がエントランスまで送ろうとして…「やっぱやめた」と、ベッドまで戻ってきた。
「あぁ。それがいい」
「確かに。しばらく離れるな!」
「モネちゃん、っていうか、吉良だろうけど」
3人それぞれ言いたい事を言って、ドアの向こうに消えていくのを、私もベッドから手を振って見送る。
「…今の、どういう意味だろ?」
「この先一生、モネに頭が上がらなくなった…ってことがバレた」
ベッドの脇の椅子に座って、横たわる私の髪を撫でてくれる吉良。
その手は今まで以上に優しくて、この先もこの手に守られていくのを感じた。
「場所が…当たってて良かった…」
吉良は金沢さんの居所を予想して向かいながら、警察にも連絡していたという。
「喜んでついて行くはずないし。そしたら監禁に問えるんじゃないかと思って…」
話しぶりから、あのアパートへ、当時来たことがあるとわかる。
でも…もう苦しくなるような気持ちは湧いてこない。
吉良の過去を知って…感じたことのない感情に翻弄されて、我を失う事もあったけど。
金沢さんに監禁されて、生まれて初めて、人の強い悪意にさらされて怖かったけど。
吉良とだったから乗り越えられた気がする。
乗り越えて、1つ大人になった気がする。
「私…吉良のお嫁さんになる」
「…ん?」
突然の宣言に驚いた顔をする吉良。
「当然の当たり前だけど?…なんならもう1回プロポーズしますけど?
…ん?!」
言いながら、何かに気づいたようだ。
(…ちゃんとプロポーズしてないよな…俺)
吉良、心の声