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8章…第6話

何か考える吉良をよそに、私は2人でいられる今を堪能したくなった。



「吉良…ベッド入って。ちょっと狭いけど、」


ギリギリまで端に寄って吉良を誘う。


「…は?」


「もっとくっつきたい…ギュッてしてほしい…」


「あはは…それはその…なんだ…」


「恥ずかしいの?…病院だから?」


「…いや、、、」


珍しく、私から視線を外して、目を泳がせる吉良。



「病院だろうとなんだろうと…あんまりモネに近づくと、危険だから」


なに言ってるのか…意味がよくわからない…



「私が危険なの?何もしないよ?ギュッてしてほしいだけ。怖くないから…ね?」


吉良はなぜか喉仏を上下させて、あぁ、と言ったまま固まる。



「まだ、怪我したばっかりだし、打撲って、言われただろ?だから、家に帰ったら、抱きしめるから…」


ここまで言われたら、諦めるしかない…。確かに打撲した跡はまだ痛むし、今日は手をつないでもらうだけで我慢しようかな…



「…じゃ、明かりを消す前に、トイレ行きたい」


当たり前のようにお姫様抱っこしようとする吉良。



「ちゃんと歩ける…!大丈夫!」


「…じゃ看護師さんに、おまるでも借りてくるか」


おまるって…!


「いい!大丈夫!普通に行けるから…!」


今後、吉良の過保護に拍車がかかるのは明白とみた…。




すぐ近くの女子トイレまで、手をつないで付き添ってくれる吉良。

私を見る目は、愛にあふれて…それだけで幸せなんです。


だから…我慢するのはもうやめた。




「吉良、大好き」


背伸びして首に腕をまわして、その唇に、自分から口づける。


ふんわり抱き締めてくれる腕はちょっと震えてて…



「傷にさわるといけないから…」


吉良はもう一度口づけて、自分から私を離し、寝かせてくれる。



「今日1日だもんねー…早く帰りたい」


簡易ベッドがあるのに、吉良は椅子に座ったまま、いつまでも私の手を握っていてくれた。




「本当にご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」


翌日退院した私は、大事を取って数日仕事を休むことになり、久しぶりに出勤した朝。


手足の傷も目立たなくなり、体の痛みもなく、各方面に心配をかけたことを謝罪して回った。



「とりあえず…大きな怪我にならなくて、良かった…!」


添島先輩が安心した顔で笑うと、万里奈や課の上司も、お見舞いの言葉をかけてくれるので、目頭が熱くなる。


本当は…数日の休みの間、吉良もリモート勤務にして、甲斐甲斐しく世話を焼いてもらっていた。


あぁ…幸せボケから、回復する気がしない…



2人になって、万里奈が私の手を握った。



「…本当はすぐに顔を見に行きたかったんだけど、今はそっとしておこうと思って、遠慮したの」


私が助け出された連絡は、吉良から伝わったらしく、それからは毎日メッセージをくれた万里奈。


彼女とのやり取りは、私の癒しになったというのに、どうしたのかな?



「本当は来てもらって大丈夫だったんだよ?…でもね、一応療養中だったから!」


傷と打撲跡に少々痛みがあり、肩のあたりに大げさにできたアザのせいで痛々しいけど、意外と元気だった私。


明るく笑う私の頬に、ほんのわずかな切り傷の跡に気づいて、万里奈がそっと手を当ててくれた。


あの一連の暴行のとき、切れてしまったらしい。手足にもまだそんな傷があって、絆創膏を巻いている。



「…私が呑気だったから…ホント、ごめん…」


沈痛な面持ちで頭を下げる万里奈。

慌てて頭を上げるよう言う。



「あの時は、知り合いだと思われても仕方なかったよ。逆に…巻き込んでごめんね」


手を取り合い、万里奈は改めて…私の無事を喜んでくれた。






金沢さんは、私に対する拉致監禁、暴行、吉良に対する暴行の容疑で逮捕。警察に勾留され、取り調べを受けているらしい。


数日会社を休んでいる間、私は吉良と一緒に警察の事情聴取に応じ、その中で今後の展開についても話を聞くことができた。



金沢さんは、もしかしたら精神鑑定を受けるかもしれない、ということ。

どちらにしても、今後1人で生活していくことは不可能だろうと聞いた。




その後、金沢さんのご両親とお兄さんという人が、私たちに謝罪しにやって来た。


吉良は、罪のない私に対する暴力は、ケガだけでなく深く心も傷つけたとして、示談には応じない考え。


あくまでも法の裁きを受けてもらうと伝えた。


ご家族は、吉良の考えに理解を示しながら、意外な金沢さんの真実について教えてくれた。



「愛美は、昨年結婚すると言って、ある男を連れて実家に帰ってきました。…ところがその男がろくでもない男で、ずいぶん辛い目に遭わされたみたいです。それで、少しずつ精神を病んでいったみたいで…」



吉良とのことが原因で、心の病に陥ったわけではなかった…


それは私たちにとっては朗報だった。


心の病を抱えるようになった金沢さんは、偶然吉良に会って当時のことを思い出し、執着し始めたということになる。


金沢さんは、一度は吉良をあきらめたんだ。

ちゃんと納得して別れたんだ。


その後の人生で心を病んでしまったことは気の毒だけど、吉良とは無関係だとわかってホッとしたのは事実。


ご家族は金沢さんが暮らしていたアパートを引き払い、勾留が解かれたら引き取って、必要であれば精神的な病院へ相談に行くと言って帰っていった。



…ずっと胸につかえていたことが、これですべて、終わったんだと実感した。


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