吉良の過去はショックだったけれど、変えられない過去を、これからは私も一緒に、背負っていこうと思っている。
金沢さんに初めて聞いた時から、そうしていく覚悟はきっとあったんだと思う。
結局1度も、別々の人生を歩むことなんて考えもしなかった。
愛するからこそ、すべてを独占したくなる気持ちにとらわれて、私も吉良もずいぶん迷走して苦しんだ。
でも、それもいいなって…今少しだけ思う。
「…思い出が、いっぱいできたね」
久しぶりの仕事を終えて、吉良が作ってくれた夕飯を食べながら、言ってみた。
「ん?…まぁ、ね。もう2度と、モネが傷つけられる姿は見たくないけどな」
吉良は多分、気づいていない。
確かに痛い思いをしたし、怖かったけど、あんな極限状態で吉良が助けに来てくれて…
吊り橋効果っていうのかな…
私はまた、吉良のこと好きになっちゃったんだよ?
「…今日は、一緒にお風呂に入ってくれる?」
「…ん?」
私からお風呂に誘うなんて…相当めずらしいと思ったんだと思う。
吉良は目を見開いて、食べていた鶏肉の照り焼きを、ポロっとお皿の中に落とした。
「一緒にお風呂って…あんなに嫌がって逃げてたくせに…」
落とした照り焼きをもう一度箸で摘んで、私の口元に運ぶ吉良。
あれ、?食べていいの?
あーん…と口を開けて待っているのに、一瞬の間に自分で食べちゃった…!
いたずらっぽく笑う吉良。
私は頬を膨らませて、そんな吉良を睨んでやった。
「私だって…成長したんだから」
これは本当。
無抵抗で暴力を振るわれるという経験をして、思ったんだ。
…もしかしたら、明日人生が終わってしまうかもしれない…って。
だとしたら、吉良と一緒にお風呂に入らなかった数を数えて、私はきっと悔やむと思った。
だから…
「今までは、恥ずかしい気持ちが断然強かった…でも…そんな気持ちを上回って、一緒にお風呂に入りたいって思うようになったの」
入院中にベッドに招き入れようとしたのも、同じ気持ち。
「そんな可愛いこと言われるとね………」
私の打撲を気にして、吉良とのラブは、ずっとお預け状態。
優しいキスとハグで幸せだけど、実はずいぶん長いこと、深く繋がっていない。
「打撲の状態、見て欲しい」
これはホント。
アザは、最初は赤で、青くなって黄色くなって治るという。
私は今、どの段階なんだろう。
「そういうことなら、まぁ…」
ちょっと困ったように言うから、慌てて取り消した。
「あの…やっぱりもう少し治ってから見てもらおうかな。…ごめん」
…怪我をした本人より、それを近くで見ていた親しい人の方がショックを受ける場合もあると聞いたことがある。
気が進まないのにアザの確認なんてさせたら辛い思いをさせちゃうかも。
私は食べ終わったお皿を流しに持って行き、腕まくりして洗いはじめた。
「…先に吉良入って!私、お皿洗い遅いから、ゆっくりでだいじょう…」
ぶ、と言った瞬間、後ろから吉良に抱きしめられた。
「なんで…?人をその気にさせといて」
「え…でも、アザなんて見たら、辛いでしょ?」
「辛いけど…あとどのくらいの我慢なのか、知りたいし…」
「どのくらいの…我慢?」
……………
「あぁ…俺の美しい体が…」
結局身ぐるみ剥がされて、前に後ろにひっくり返され、怪我の状態を確認された。
胸元は…ちょっと隠す。
「…手ブラ、やめてくれる?返って盛り上がる…」
ハッとして、どうしたらいいか困って無難に脇をしめて胸元で手を交差させた。
「あ…ちょっと手をどけて。胸の脇が青くなってる」
「そうなの…別に痛くないよ」
どうしても胸を隠さないようにしているんじゃないかと勘ぐる…
吉良はその部分を鏡に映して見せてくれた。すると本当に少し、青くなってる…
し…失礼しましたw
「あと腰も。ここはだいぶ薄くなったな」
言いながら手を這わすから、くすぐったくて身をよじって逃げる。
「こら…!怪我の状態見てって言ったのモネだろ?」
スケベ扱いするな…と、ちょっと不満そうだけど、さっきからちょっと見過ぎだと思う。
「そりゃあしょうがない。好きな女の子の体はどんな男でも絶対見たいに決まってるからな?」
わかってるけど…!
ここしばらくいろいろあって、深いふれあいをしてなかったから、ちょっと忘れてた。
こういう時吉良は…相当ねちっこくなる。
1つ1つアザを見つけては撫でてさすって確認し、擦り傷や切り傷はまだ絆創膏が必要か間近で見つめて確認してくれる。
ありがたい…ありがたいんだけど…!
やっぱり恥ずかしいよーっ!
「そろそろお風呂に入ってもいいでしょうか…」
「うん。…さすがに寒いな」
私1人が服を脱ぐのはフェアじゃないと思ったのか、吉良も下着1枚。
私の訴えで、お互いに最後の1枚を脱いで…ギョッとした。
ずっと見ないようにしてた…覚悟はしていたけど…
バスタブはミルキー色で、入ってしまえばいろいろ見えなくなるのはありがたい…。
「結果発表…もう少し、禁欲します」
向かい合って手を繋ぎ、唇を噛み締めて言う吉良。
完全にアザがなくならないと、痛々しいと思ってしまうらしい。
「うん。わかった。少しずつ治すから、待っててね」
私たちはそっとキスを交わした。
そんな風に、私たちはじゃれ合いながら、少しずつ事件のことを風化させていった。
このまま、悩んでいたことが嘘みたいに平穏な日常が戻っていくと思っていたのに…
それは、本当に突然の出来事だった。