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8章…第8話

「…ただいま。吉良…帰ってない?」


定時で仕事を終え、吉良に「帰るよ」とメッセージをして、マンションに帰り着いた。


玄関に吉良の靴はない。


…会議か何かかな?


たまに夕方からのミーティングとかで、メッセージに返信がないのはあることなので、そう気にはならない。


吉良が携帯を開いたとき、私からのメッセージが届いているのが大切なこと。


余計な心配をかけないことは、私の重要なミッションなのだ。




寝室に入ってバッグを置き、その流れで部屋着に着替える。

ゆるっとしたパンツと、吉良のお下がりの、紺色のパーカー。


季節はすすみ、夜は少し寒くなってきた。



ピンク色のシュシュで髪をまとめながら、リビングのドアを開く。









「…えっ…っ…、?!」





ソファの脇のスタンドライトが柔らかいオレンジ色の明かりを淡く灯してる。


…それはいい。

それは、いつものこと。



そんなライトに、浮かび上がるのは…







「なんで…?ウサギゴリラ…?」



ソファに、大人サイズのウサギゴリラが、ちんまり座っているのだ…!


お膝に手を当てて…





いわゆる被り物で、中に人間が入ってるのはわかる。


…でもこの時の私は、冷静ではいられなかった。


だって…私が小学生の時生み出した、ご当地キャラクター…!


それが時を超え、地元の親友キミちゃんに命を吹き込まれた…

あの、あの…ウサギゴリラが、今ここにいるなんて信じられないっ!


感動のご対面に、私はワナワナと震え…ウサギゴリラを凝視した。


すると優しい笑顔のウサギゴリラ、チョイチョイ…っと手招きをする。


何ごとか?!…と、近づいていくと、なんとペロペロキャンディを差し出してくれた…!



「いやぁ〜…んっ!!ありがと〜ん!」



笑顔のウサギゴリラのイラストが、包み紙にプリントされてる…


これ、宝物にしよう…


私はもう、ペロペロキャンディをもらっただけでは我慢できなかった。


承諾も得ず、ウサギゴリラの膝に乗って抱きついてしまう…!


モフモフの毛は、おひさまの匂いがして、意外と硬めの毛質だと知る。


ウサギとゴリラの中間生物…。

なんだそれ?…って感じなのに、こんなに可愛いなんて信じられない!


キミちゃん…こんなものまで制作するなんて、本当に罪作りな人だ。



私はウサギゴリラに抱きついて、あちこち撫でさすり、胸に体を預けた。 


思う存分堪能していると、不意にジェスチャーで「ちょっと降りて」と言われた。



「…どうしたの?もしかして、もうウサギゴリラの森に帰っちゃうの?」


ウサギゴリラは立ち上がり、私の問いかけに、ゆっくり首を振って「違う…」と答えてくれる。



「じゃあどうしたの?」



ウサギゴリラは、私としばらく見つめ合って(?)脇から何やら紙を取り出し、私に差し出した。


そこに書かれた文章を読み上げる。




「桜木桃音さん、愛しています。

綾瀬吉良…?」


マジックで書かれた筆跡は、吉良。



見るとウサギゴリラの手に、小さな箱があり、やりにくそうにパカっと開けてくれた。



中には…キラキラと輝く指輪が入っていて…



そういえば、立ち上がったウサギゴリラ…結構背が高い。



冷静に考えればそれしか考えられないのに、カラクリに気づいて、泣きそうになった…!



ウサギゴリラは、もう1枚紙を掲げた。



「俺と結婚してください」



私は紙を受け取り、ウサギゴリラに抱きついた。



「私こそ…結婚してください…!」




子供の頃考えた、大好きなキャラクターに扮してプロポーズされるなんて、予想外もいいところ!


どうしてこんなこと思いつくの…?!信じられない!





「指輪、はめて欲しい…」


「…」


ウサギゴリラは数秒固まったけど…


頭の部分をガバッと外し、出てきた吉良にはめてもらった。


吉良が選んでくれたキラキラしたダイヤのエンゲージリング。


吉良が、キラキラして見えた…!






「…ったく。指輪はめて…は、想定外!」


頭だけ吉良、体はウサギゴリラという奇妙な生き物になった愛する人は、少しだけ不満そうに言う。



「…どうするのかなぁ…って思って…」


えへへ…と笑う私に笑顔を見せて、吉良は改まった口調になる。



「桜木桃音さん…」


あれ…2度目のプロポーズかな、と思ったけど、何度でも嬉しいから、私も改まった口調を真似た。


「…はい」





「愛を…教えてくれて、ありがとう」


「…え?」


「あなたから愛されて、俺は初めて…生きる意味と、幸せを感じることができた…」


「…っ…」


「生涯をかけて、あなたを守り、いずれ生まれてくる子供を守ります。

…俺と結婚してください」



…本当に愛されてるのか…不安な日があった。

恋人から、セフレに転落したんじゃないかと、悩んだ日があった。


でもきっと、あの時から吉良は私を、私だけを愛し、見つめてくれていたんだ…。




「はい。結婚…してあげます!」


言い方間違えた…!



飛び込んだ吉良の胸はウサギゴリラ。


「ずいぶん上からの返事だな…!」

と、笑う吉良。




「「大好きだからいいよ!」」


私たちは声をそろえてそう言った。





「不機嫌な彼氏の秘密に涙する」


新章…完



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