「…緊張する…」
やがて、明日はついに結婚式という夜。
「忘れ物…ないよね。お母さんたちへの手紙は凛々子さんに渡したし、今日は言われた通り、パックもしてないし、何も特別なことしてないし…」
私はちょっとだけ肌が弱い。
だから式の前日は、パックの使用や新しい化粧品をおろすことは控えるよう言われていた。
本当なら、明日のために腕によりをかけて自分を磨きたいところだけど、今日の私にできることは睡眠不足を避けることくらい。
「…眠れそう?」
各部屋の電気を消して、吉良がベッドに入ってきた。
「うん…なんとか」
吉良が隣にいれば、安心して気持ちが落ち着いて、きっと眠れる。
そう言おうとしたのに、吉良の唇が落ちてきて、そんな言葉を呑み込まれた。
啄むようなキスは、少しずつ深くなって…無意識に開いたのをいいことに、舌を絡ませてくる吉良。
柔いタッチで体をなぞられ、やがて深く繋がり…規則的な動きに高められる。
それは決して激しいものではなく、あくまでも優しくて、柔らかくて…
果てた後に残る心地いい気だるさが…私を静かな眠りに落としてくれた。
こんな風に私を落かせるのは、吉良だけができること…。
眠りから覚めても、愛しい人のぬくもりは私をリラックスさせた。
触れるだけのキスをして、私たちは落ち着いて式へ臨む支度を済ませる。
今朝の朝食は、変わり種はやめておく。
吉良が一番好きな、梅のおにぎりと、豆腐とわかめの味噌汁。
式場で脱ぎ着しやすい服に着替え、吉良よりずいぶん早い時間に来るよう言われた私は、バッグを持って玄関に向かった。
「では…私はお先に…」
「いや…俺も一緒に行くから」
吉良もキャリーケースを引きながら玄関にやって来た。
今夜は結婚式を行うホテルのセミスイートに泊まることになっている。
キャリーケースには、宿泊するための一式。
靴を履いて、ふと部屋を振り返る。
「次にここに帰ってくる時は…綾瀬桃音になってるんだ…」
キャリーケースには、取り寄せた婚姻届が入っている。
結婚式が終わったあと、友人たちが開いてくれるパーティーまでの間に、2人で届けを出しに行くつもり。
「モネは俺の妻で、俺はモネの夫か…」
家族になる…って思ったら、嬉しくて泣けてくる。
「…行こう」
手をつないでくれた吉良の目にも、涙が光っているように見えた。
「本日は、ご結婚おめでとうございます…!」
式場に到着すると、すでに美亜さんが待っていてくれた。
「…今日は桃音が、お世話になります」
きちんと頭を下げてくれた吉良。
その姿はすでに夫…といった風情で、なんだか照れてしまう。
吉良はまだ時間があるので、クロークに荷物を預け、カフェで時間を潰すという。
私は美亜さんに手を引かれ、早速メイク室へと案内された。
「メイクなんて必要ないほど綺麗なお肌ですね…!」
花嫁の準備は時間がかかるという意味がわかった。
美亜さんは私の背中半分ほどまでと、胸のふくらみギリギリまで、化粧水やクリームを塗ってくれる。
よく、デコルテまでが顔、というけれど…今日はまさしくそんな感じ。
「キメが細かいお肌なので、色のつかないファンデーションを塗っていきます」
そう言って、デコルテと背中に白い液体を塗ってゆく美亜さん。
顔のメイクに入る時、鏡で見たら、いつもより断然綺麗な首、そして胸元。
ほんの僅かに、キラキラしたパールが光ってる。
白無垢でお式をすることになって、それに合わせたメイクをしてくれた。
リップは私の肌色に合わせてピンク系が選ばれる。
髪は、前髪をサイドに分けておでこを出す。後ろも美しくまとめて、サイドに大きな白い花のヘッドブーケをあしらった。
「わぁ…」
白い振袖を着せてもらい、さらにその上から白い打掛を羽織る。
「あとは、綿帽子をかぶって、完成です…」
メイク室の隣が、私の家族の控室になっている。
外の廊下を出なくても行けるらしいけど…
「吉良さんも、羽織袴を身につけられたそうですよ?…先に、お会いになりますか?」
「…え?もうそんな時間…?」
白無垢の私を、吉良に1番に見て欲しい。
吉良の羽織袴姿も、私が1番に見たい。
でも…
「ここまで来るの、大変じゃないですかね…」
慣れない着物姿で、慣れない草履を履いているのかと思うと気の毒になる。
美亜さんは、そんな私に優しく笑いかけ、教えてくれた。
「ご新郎様の着付け室は、お隣なんですよ。…親族控え室と同じ作りで…」
部屋の中に、ドアがもうひとつある。
その向こうに…吉良がいる…。
「…どうしよう、すごくドキドキします」
「…わかります。でもきっと…今日のモネさんは、これまでのどんな時より美しいですよ?」
美亜さんに優しく手を取られ、なんだか勇気をもらったように感じる。
「…会いたいです」
私のひとことに、花のような笑顔を見せてくれる美亜さん。
…結婚が決まったって聞いたけど、この方の花嫁姿も、どれほど美しいだろうと頬が緩む。
そんな美亜さんが、私と吉良を分けていたドアを開けてくれた。
初めて見る…和装の吉良。
その姿を目にして、私は息を呑んだ…