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番外編.第15話

…好きな人と過ごす毎日はあっという間で、あの幸せな結婚式から2年の月日が流れた。



「下田くん、見積書の数字、間違えてるよ?…あと、ネクタイも曲がってる!」


今年入社した後輩、下田くんは、私が担当する新入社員。



「あ…すいません!あの、綾瀬さん…これから行くクライアントさんに渡す資料なんですけど…」


入社3年目になった私。


…綾瀬さん、だって。


いまだに吉良の名字で呼ばれると、嬉しくて、顔がニヤける。



「そうね…資料なら私も用意したんだけど…こういう場合、どんなものが必要になると思う?」


とはいえ…3年目となった今、私もしっかり社会人。

少しは先輩らしく振る舞わないと。


口元の緩みを抑えつつ、下田くんに逆に質問してみた。



「あの、なんか笑顔がこぼれてますけど…俺なんかやらかしてますか?」


苦笑いの下田くん…

あぁ…ニヤけた顔を隠せなかったらしい。





私の運転でクライアント先へ向かいながら、下田くんが私の顔色を伺うように質問してきた。


「…綾瀬さんの旦那さんって、シルバースタンレーの綾瀬吉良さんだって…本当ですか?」


「…え?まぁ…そう、だね」


去年の新入社員にも聞かれたことを思い出す。

中には私に直接聞かないで、人づてに聞いて、噂になったらしい。


それにしても…仕事中、急に吉良の名前が出ると、顔が赤くなってないか心配になってしまう。


結婚したのに、私はまだまだ吉良に全力夢中で恋をしていた。



「でもあの、どうして…?」


吉良のことを聞かれる時は、だいたいどの人も同じ事を言うのはわかってる。


でも下田くんは男の子だし、あんまりキラキラした言い方はしないかも…



「電車で見かけたんですよ!…背が高くてすごくカッコいい人がいるなぁと思って目を離せなくて!

もう立ってるだけで目立つっていうか…あの方の周りは空気からしてちがいますよね?」


うっとりした言い方と、その目は十分キラキラ…。

男子にもモテるって、私はどうしたらいいの?



「同期にそんな話したら、綾瀬さんのご主人だって聞いて!…そういえば同じ綾瀬さんだって気づいて!」


キャンキャン言う様子から、嬉しさが伝わってくる。


…私の知らないところでファンクラブでも設立しちゃうんじゃないかと気が気じゃない…



そうだ、今日は久しぶりに、わがまま言っちゃおうかな…






定時を過ぎた頃、吉良からメッセージが入った。



『あと10分くらいで出るけど、大丈夫?』


もちのろんっ!大丈夫ですっ


既婚者の私は、できるだけ定時で帰れるよう添島先輩が取り計らってくれている。



「…添島課長、私はお先に…失礼いたします」


…添島先輩はこの春から課長に昇進、秋にはパパになる予定だ!

お相手は、もちろん万里奈。



「お!ダーリンのお迎えが来たってか?」


テレながらうなずいて、エントランスまで急いだ。

すると、甲高い笑い声をあげる数人の女の子に囲まれている吉良を見つけた。


軽く腕を組みながら話すその姿を見て…私の旦那さんはいつ見ても完璧にカッコいい…と思う。


もう…カッコよすぎてドキドキするような、でも不快なような気持ち。


それは、吉良を女の子が囲んでいるから。


その身なりと美しい容姿から、今年入社の秘書課の女子社員かもしれない…


弾んだ足取りが重くなる。



「…そうですか、ちゃんと仕事してます?だったら安心しました」


おずおずと近寄ると、話している声が聞こえる。

背後に回り込んだから、きっと吉良は気づかない。



「うーん…普段はそうだなぁ…」


珍しく饒舌な吉良。

私が近づいていくと、女子社員の方に、先に気づかれてしまった。


「なに?…後ろからこっそり近づいて!」


「…お話の、邪魔しちゃいけないかと思って」


吉良は皆が見ているのもかまわず、私の頬を優しくつまんできた。


それを見てどよめきが起こるって…なんで?


私たちに会釈して、その場を離れようとした数人の女子社員に、吉良が「また聞かせて!」なんて…いったい何の話を聞かせてもらう気なの?


ちょっとツンっとして、背中を向けて先に歩き出した。

吉良は長い足で歩くから、すぐに私に追いついてしまう。



「なんか怒ってないか?」


駅までの道をずんずん歩いていく私に、後ろから声を掛ける吉良。


「…」


「何でも話す約束はー…?」


「…」


無言で歩く私の肩に、ついに吉良が手をかけて、振り向かせる。


仕方ないから…観念して言った。


「妬きもち…」


「…ん?」


「…妬きもち焼いたの!」


「…なんで?w」


「…もう言わない」



電車の中は、ピークを過ぎたというのにかなり混んでいた。


吉良は私に覆いかぶさるようにして、混雑から私を守る。


すぐ目の前に、吉良のえんじ色のネクタイが揺れているのを見て、こらえきれない衝動にかられた。


ボタンを開け放してる上着のウエストあたりに手を入れて、私は吉良に抱きついた。



「…モネ?」


「いいでしよ…夫婦なんだから」


「…いいけど」


ウエストは私に抱きつかれて…素直に私の体と寄り添った。


胸のあたりに耳を当て、異様に早く鼓動を刻む音に耳を澄ませる。


こうして抱きついていれば、変な嫉妬も気持ちの揺れも、ない。




最寄り駅に到着すると、歩いて数分の道をタクシーに乗ろうとする吉良。



「もったいないよ…どうしたの?」


何か届くものでもあるの…?と、問いかけてみたけど、人差し指の節を噛んで答えてくれない…



玄関に到着したところで、吉良に突然抱きしめられた。


何も聞かれずに降ってくる深いキス…結婚してから、こういうところは遠慮がなくなったみたい。


少し離れては繰り返されるキスについていくのがやっと…

当然のように、ジリジリとスカートの裾に手が入っていく。


「…吉良、どうしたの?せ、せめて、ベッド…シャワー」


「…全部却下」


やめる気も手加減するつもりもない…と言いながら、どんどん服を乱されて、気づけばとんでもない姿で繋がっていた…!


「き…ら!」


途中から私もいっぱいいっぱいになって、意識が飛んだかもしれない…でも感覚的にわかる。

多分、いや確実に…





やっと離れたかと思ったら、そのままベッドに移動して、それでもなお私を抱きしめながら…吉良が言う。



「妬きもちとか、いつまでも可愛すぎるんだよ」


「だって…女の子たちと楽しそうに喋ってるんだもん」


「あれは…」


正面から言い訳を聞こうと膝に跨った。



「会社でのモネの様子を聞いてたんだよ?そしたら『桃音さんは家ではどんな感じなんですか?』ってキラキラした目で聞かれて嬉しくなっちゃってさ…」


「…私?」


「そう。俺の愛するモネの話をしてたの!」


キラキラした目で…今日の下田くんみたいだと思う…



「可愛い奥さんのことを、憧れ…なんて言われたら、世の中の夫は全員ニヤける」


…なんだ…妬きもち焼くところじゃなかった。


恥ずかしくなって、ごまかすように私からキスをすると…


瞬間、吉良の携帯が賑やかに着信を伝えた。


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