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番外編.第16話

着信は鬼龍さんからだったみたい。



「前に話した、凛々子の店の閉店、最後の営業日が決まったんだ」


吉良は返事をしながら、私にも聞こえるようスピーカーにしてくれた。



「…で、よかったら皆来てもらえないかなって言っててさ」


私はせわしなく首を縦に振って「行きたい!」とアピール。



「うちは行くよ。…他は?憂のところも、そろそろ娘を連れて歩けるだろうし、椎名のところも…」


2人が話すのを聞きながら、2年の月日が経過したことをつくづく感慨深く思う。


憂さんと美羽さんには可愛い女の子が生まれ、椎名さんも未来さんと海外で2人だけのお式を挙げたばかり。


鬼龍さんは2年前の私たちの結婚式をきっかけに、凛々子さんとお付き合いが始まっていた。


そしてなんと、凛々子さんに新しい命が宿ったと、連絡をもらったのは記憶に新しいところ。


鬼龍さんの体の異変を聞いていただけに、私はそのニュースが嬉しくて、涙まで浮かべてしまった。

吉良に「お母さんかよ…」と笑われながら。


それまで、ご両親から受け継いだ居酒屋の経営をしていた凛々子さん。早速始まった悪阻に、店を開けられない日が続いていると聞いていた。


そうか…ついに閉店を決めたんだ。


吉良は鬼龍さんに、恋人が酒を飲ませる店を経営していることを心配に思わないか、聞いたことがある。


その時の鬼龍さんの言葉を、私は忘れられない。


「両親が残した店を一生懸命守っていこうとしてる姿に惚れたから」


そしてそんな風に思われていることを知らなかった凛々子さんが、実はたくさん悩んでいたことを、私は彼女からずっと聞いていた。


…それは、ちょっと切ない恋物語で、聞きながら泣いてしまったのを覚えている。




凛々子さんの店の閉店は約1ヶ月後の週末に決まった。


これまで、たった1人でご両親の店を守ってきた凛々子さんをねぎらいたい…


そう思って、美羽さんや未来さんと連絡を取り合い、相談することになった。


美羽さんがお家に招いてくれて、未来さんとお土産を持ってお邪魔する。

私はケーキを差し出し…未来さんは娘ちゃんに、でんでん太鼓を手渡していた…!

相変わらずユニークな未来さん。

心から見習いたい!


未来さんと交互に娘ちゃんを抱っこしながらおしゃべりに花を咲かせた。


「男の人たちは、吉良さんを中心に何か記念品を贈るつもりらしいですね…」


未来さんが娘ちゃんとジッと見つめ合いながら、珍しく普通に言った。


「そうみたい…!この前吉良さんに誘われて、憂がカメラ持って出かけたから…お店の写真を撮ってパネルにするとか言ってたわ」


「はぁ…なんだか、吉良がいいように使ってるみたいで、ごめんなさい」


「まさか…!喜んで出かけていったから、きっと本人も楽しいのよ!」


未来さんの腕の中で眠り始めた娘を見つめ、美羽さんが飲み物のおかわりを出してくれる。


すると未来さんが唐突に声を上げた。


「あのー…つかぬことを伺うのですが、本当に誰でも、こんなに大きな人間を生み出せるものなのでしょうか…」


「…えっ?!」


コースターを敷いた上に、透明の氷が美しいアイスコーヒーを置いたまま、美羽さんが固まった。


「あの…もう少し、小さい時に産んだから…」


美羽さんの代わりに私が答える。

1歳を過ぎた娘ちゃんは、生まれたてよりかなり大きくなってるはず…。



「スイカくらい…でしょうか?」


「…スイカより、大きかったわね、そういえば」


未来さんの独特な質問に、美羽さんまで不思議モードに入ってしまった…


「でもほら、…スイカみたいに全部丸々とし形じゃないから…」


慌てて言ってみたが、未来さんの謎の不安は消せないらしい。



「…痛かったですか?」


未来さん、強い視線で美羽さんを捉える。



「えぇまぁ…痛いは、痛いけど…」


未来さんのおかげで、話をもとに戻すのが大変だったけど…美羽さんの「出産は痛い」という感想だけは、私の耳にも、いつまでも残った…




結局、私たちは当日、お花を贈ることで意見の一致をみた。


そして賑やかなおしゃべりは続き、私たちの話題はやはり気になるさっきの話題に戻っていく。



「…妊娠するって、どんな感じ?」


唯一の経験者である美羽さんに、質問が集中した。



「生理が止まる以外だと…だるくなったり、やたら眠くなったり…微熱が出る場合もあるみたい」


「自分の体に別の命を宿すって、何かに乗っ取られるような気持ちになりますか?」


クセの強い未来さんの質問に、美羽さんと一緒に私も吹き出した。


「地球外生命体とか…?私の場合は…」


ふと柔らかく笑う美羽さんが、聖母のように見えた。



「小さな小さな憂が、お腹にいる…って感じ」



…なんだかわかる気がする。

私もいつか妊娠したら、同じような感覚に陥るかもしれない…



「憂さんが、小さく小さくなって…お腹に、来た…?」


未来さんは少し違ったようで、眉間に深いシワを刻んでいる。



「それは、そのまま小さくした感じ?…それとも、小さく刻んだ、という意味でしょうか…」


「ん…刻まないほう…」


美羽さんの返事に笑ってしまった。


…結婚して2年。

子供はもう少し先の楽しみにしようと言ったのは、吉良。


それは、私が社会人としてしっかり働く経験をしたいと言ったことが大きかったみたい。


でも、こうして憂さんと美羽さんの面影をのせた可愛い娘ちゃんを見て、そして鬼龍さんと凛々子さんのご懐妊を知って思う。



私もそろそろお母さんになりたいなぁ…なんて。


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