「…すごい!さすがプロのカメラマン…」
憂さんが撮った、凛々子さんの居酒屋の写真は、ちょっとレトロな雰囲気のパネルになって完成していた。
「まぁね!…これで嫁と娘を養ってるんで!」
褒められて嬉しそうな憂さんの腕を、美羽さんが自然に取る。
私たちからの花束も持ち、そろって居酒屋へ向かった。
「皆…来てくれてありがとう…!」
エプロン姿の凛々子さん。鬼龍さんも黒いエプロンをつけて、今日は営業を手伝うらしい。
「最後の営業日、って言っても、今日は長年のお客さまと皆だけだから、ゆっくりして!」
凛々子さん…悪阻が大変だったみたいで少し痩せたみたい。
…見てると、鬼龍さんがそんな凛々子さんの様子を逐一見てて微笑ましい。
写真のパネルと花束を渡すと、2人はとても喜んでくれて、お店の一番いい場所に飾ってくれた。
1番広い座敷に案内され、思い思いの料理を頼み、美羽さん以外はお酒も楽しんだ。
「今日は俺が一緒だから、たくさん飲んで大丈夫だぞ?」
「…うん」
吉良がロックのウィスキーを飲みながら、カシスオレンジを飲む私に言う。
お酒は嫌いじゃないし、吉良も一緒で安心だから、ホント…飲みたいんだけど。
どうしたんだろう。どうもアルコールが入っていかないというか、別のものが飲みたくなる。
私は厨房にいる凛々子さんにレモンを浮かべた炭酸水を頼んだ。
「お酒、少し入れる?」
「いえ…今日はなんだかお酒が入っていかないので…」
あれ…っという顔をされたのは、気づかなかった。
テーブルには皆が頼んだ唐揚げやイカゲソ、ミックスフライや天ぷらなど…ところ狭しと並んでる。
私は…生姜や大葉を散らした冷奴なんかを食べたくなるんですけど。
…そのうちなんともいえないだるさが襲ってきて、皆酔ってきたのをいいことに、隣の吉良にもたれながら話に加わっていた。
「…モネちゃん、休憩室があるんだけど、少し横になる?…それとも吉良のそばのほうが落ち着くかな?」
トイレに立った時、凛々子さんが私に声をかけてくれて…
大盛りあがりの座敷を見て、少しだけ休ませてもらうことにした。
3畳ほどの小部屋に、ソファとタオルケットが置いてあった。
小さなテーブルに、ご両親と映る凛々子さんの写真。
そして小さな花瓶に美しく咲く花が生けられていた。
「…違ったら、アレなんだけど…」
凛々子さんは私をソファに寝かせ、石鹸の香りがする水色のタオルケットをかけながら言う。
「…生理、きてる?」
「…え?!」
「私も初めは、アルコールを受け付けなくなって、レモンの炭酸水飲んでごまかしてたの。あと…油っこい料理を作るのが辛くなって、お豆腐に生姜とわさびをのせた冷奴ばっかり食べて生きてたから…」
なにそれ…今日の私と同じ…
「そういえば…生理…」
体調を管理するアプリを確認して…驚いた。
「前回の生理から…ずいぶん、きてない!」
不順気味で、あまり気にしてなかった…なんて、結婚して妊娠する可能性があるのに迂闊だった…!
「もしかしたら…ってこともあるから、今日は無理しないで」
少し休んでね、と言い残して、凛々子さんは部屋に戻ってしまった。
横になるととても体が楽で、ずいぶんだるかったんだと改めて思う…
…それにしても…妊娠したかもしれないなんて…!
いったい…いつ?
避妊は、ほとんど吉良に任せっきりだった。
付き合っている頃から、私の生理周期をなんとなく掴んでるみたいだし、避妊具の管理も購入も…全部吉良が…。
もし、本当に妊娠したら…吉良は喜んでくれるかな。
私は…仕事は…?
とにかく、一度病院に行こう。
いや…その前に、妊娠検査薬…
オタオタと考えを巡らせているうち、眠ってしまったようだ。
…頭を撫でられている感覚で目を覚ました。
「…具合悪かったか?」
吉良がそばにいた。
「なんだか…だるくて」
「ん?風邪引いたか…疲れか?」
じっと私の顔を見る吉良。
それだけで、私の体調がどんな状況か当ててしまうことがある。
「…頬は赤くないし、どっちかっていうと青白いな…」
頬を撫で、首元に手をやって…
「微熱っぽい…」
…なんだか、私専門のお医者さんみたい。
「あのね…」
「…ん?」
「もしかして、デキたかもしれない」
「デキたって、なに…」
が…と言いかけて、突然吉良が立ち上がった…!
「…ええっ!?デキたって、それ、俺の…俺の?」
「…私のでもあるよ?」
吉良は片手で口元を押さえ、私に背を向けた。そして顔を上に向けて、ガッツポーズをしてみせた…!
こんな吉良、初めて見る…!
「…検査薬、買って帰ろう」
落ち着いて言うけど…ニヤけてるのがわかる!
「いつデキたか、自覚が…ある」
「…え、そうなの?」
「会社までモネを迎えに行って、妬きもち焼かれて可愛くて、我慢できずに玄関で襲った時…!」
そういえば…そんなことがあった!
「あの時、避妊しなかった」
…もしかしたら、とは思っていた。
でも結婚してるし、いつ赤ちゃんがやってきても嬉しいしかないと、そう思っていたから…
とりあえず帰ろうと立ち上がる私を、吉良は早くも心配しながら…座敷へと戻った。
すると会はお開きのようで、皆も帰る準備をしていた。
「モネちゃん、風邪か?うちの娘が移したんじゃないといいけど…」
憂さんがくしゃみをする娘の鼻を拭きながらいう。
「違うと思います…なんだろ…疲れかな?アハハ…」
もしかして妊娠…の話を、今ここで言うわけにはいかない。
ふと美羽さんに視線を移すと、とても意味深に見つめられて焦ってしまう…
でも、何も言わないでくれるんだね。ありがたい…
凛々子さん、初めて会った時は変な嫉妬をして、嫌な態度を取ってしまったことを思い出す。
あの時とは雰囲気も服装も大きく変わって…早くもママの顔になったなぁ…
「…なんだか、感動しますね…」
未来さんが突然、よよ…っと泣き崩れた。
「長年、1人でお店を切り盛りされて…女性1人で…どれほどの苦労があったのかと思うと、私はもう…」
椎名さんがそんな未来さんの肩を抱き、親指で涙をぬぐいながら言う。
「本当にね。凛々子お疲れ!これからは鬼龍が必死に働くから、遊んで暮らせ!」
「…遊ぶなんて、そんな…。鬼龍が稼いでくれたお金は、1円も無駄にしないもん!」
頬を染めて言う凛々子さんが可愛らしい…!
「凛々子がこんなに可愛い嫁になるなんて、想像できなかったな」
吉良がいつになくニコニコ顔で言ったことに、誰も気づかない。
言葉のままの意味で笑っていたのもあるけど、私にはわかる。
いつもよりかなり…鼻の下がのびていること…!
「まぁ…幸せにするし、幸せになるよ!」
鬼龍さんが優しい笑みを凛々子さんに向け、その頭を撫でているのを見て、私も思わず言ってしまう。
「凛々子さん、長い間の営業、本当にお疲れ様でした。…これからは鬼龍さんに甘えて、お腹の赤ちゃんと一緒にのんびりしてくださいね」
そして心のなかでこう付け加えた。
『長年の片思いが実って、本当に良かったね…』
それは、多分私だけが知る、凛々子さんの恋物語…