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鬼龍と凛々子の恋物語①

「ちょっと柏原!掃除当番、サボんないでよ!」


呼び止められて、めんどくさそうに振り返る男子、柏原憂。



「ねぇ…凛々子…やっといてくれない?」


それで許されると思っている笑顔。

中学生のわりに、綺麗な顔は出来上がっていて、その笑顔には吸い込まれそう。



「…なんで?やっとけとか、意味わかんないし」


今日は風邪で休んだクラスメイトがいて、掃除当番は3人。

1人サボれば、こっちの負担はかなり大きいんだけど。



「ごめんね。憂の分だけ残しといていいから」


柏原の脇から、余裕の笑顔で顔を出した人。その姿を見て、私の心臓はドキン…と高鳴る。


その人の名前は…鬼龍宗一郎。



鬼龍は、この学校で知らない人はいないであろう、柏原憂と椎名瑠偉、そして二階堂吉良といつも4人で行動している人。


この4人、生徒はもちろん先生でさえその動向を気にする影響力を持っていて、いつもひどく騒ぎ立てられていた。


その扱いはまるで芸能人並み。


やれ憂が笑っただの吉良がこっちを見ただの…

鬼龍が持っていたペットボトルの飲み物は近所のコンビニから姿を消して、椎名のシャンプーの香りがいい匂いすぎると大騒ぎになった。


学校中の女子は当然、男子でさえ、4人のうち誰かしらを推していたと思う。


合言葉のような「誰推し?!」という質問は、これまで何回向けられたことだろう。


…誰推しも何もない。

だって、単なる同級生でしょ?


同じ人間じゃん…と。


表面上はそう言って…私は嘘つき。




「…じゃあ雑巾掛けは残しておくから、後であんたらでやっといてよ」


そんなだから、誰もこの4人には逆らわない。

声をかけてくれたら有頂天。

すれ違えば天国、目が合ったら逆に即死…


毎日毎日、話題を提供するに事欠かない彼ら。

でも…私だけは違った。


確かに4人は同い年とは思えないほど、見た目パーフェクトなスーパー中学生だ。


けれど、それとこれとは別。

同じ生徒なんだから、やるべきことをやるのは当然。


だから掃除や日直などの面倒ごとをサボろうとするなら、私は正面から文句を言った。



「わかった。憂にはやるように言うから」


「うん。よろしく」


…私の文句を聞くのは、初めは鬼龍だけだった。


憂はヘラッと笑ってごまかそうとするし、椎名は聞いてないし。

吉良はスパッと切れるナイフみたいで、1人だけ特に異質。


同じ学年で、クラスを超えた学年の係活動で顔を合わせれば、接することもある。


皆が一目置いて遠慮するのを、私だけはそうしなかった。


それがあまりに自然だからか、彼らも私とは普通に話すようになり、唯一甘えが許されない同級生としてそれぞれ認識したらしい。




4人は、当然ながら信じられないくらいモテた。


体育館の倉庫で、使ってない教室で…中学生らしくない行いをしたと、噂を聞いたのは一度や二度ではない。


でも、その中に鬼龍の名前だけはなくて…私はいつからか、ホッとするようになっていた。


それが…特別な思いだなんて自覚したくなくて、ずっと見ないふりをしていたけれど。




「凛々子ってさー…鬼龍推しだろ?」


渋々掃除当番をやるようになった憂に言われた。



「…は?別にあんた達の誰も推してないし。だいたい推しってなによ?」


「好きってことだよ。…ったく、わかりやすいね?」


ヘラヘラ笑う憂。

撫でるような掃除を終えた頃、現れた吉良と一緒に教室を出ていった。


…今日は鬼龍は来なかった。

なんとなく、ガッカリする…


憂が戻していかなかった机を1人で戻しながら文句を言って、そんな気持ちをごまかした。




やがて卒業の頃を迎え…

例の4人がどこの高校に進学するのか、生徒はひたすらそれを知りたがった。


そこで流れてきたのは、吉良は私立の超進学校、他の3人もかなり偏差値の高い公立高校に行くという噂。


…顔だけじゃなく、全員頭もいいらしい。




「…凛々子は高校、どこに行くの?」


そんな卒業間近の放課後、日直の日誌を書いていたら、鬼龍がふらりとクラスに入ってくるという奇跡が起きた。


進学先を聞かれるなんて思ってなくて、ちょっとドキドキする。


だって…噂できいた、鬼龍が受験する公立高校を…私も受けていたから。


「同じところだよ。…鬼龍と」


「…そうなん?知らなかった」


知るはずないよね。私のことなんて、興味ないだろうし…


「でもなんか嬉しいな。凛々子、いい子だもんな」


「…は?」


そんなこと…簡単に言わないでほしい。


窓から入ってくる夕日を背にして、鬼龍の表情は見えない。

…でも、私の顔はオレンジ色に染まって…よく見えるでしょ


動揺してる表情を、見られたくない。




「…宗一郎…ごめん、待った?」


可愛らしい声が入ってきた。

クラスで1番可愛いと噂の女子。

小首を傾げて上目使いで笑う仕草が女の子すぎて、私とは気が合わない。



「そんなに待ってないよ」


寄りかかっていた窓辺から離れ、鬼龍が行ってしまう。


その足取りは…弾んでいるように見えた。



それだけで特別な人なんだなって、わかった。




卒業式。

鬼龍たち4人を囲んで、二重三重の人垣ができた。


一緒に写真を撮る人、制服のボタンをもらう人、逆にプレゼントをあげる人に囲まれて…華やか、そして賑やかな彼ら。


友達に「一緒に写真撮ってもらおうよ!」と言われたけど…

鬼龍の隣にいつかクラスに呼びに来た女子がいて、私は遠慮することにした。


…また会おう!と、友達と抱き合い、向けられるカメラに笑顔を作り…私はもらった花束を高く掲げて1人校門を出る。


鬼龍はこちらを見ることはなかったけど…私はこっそり、その制服の後ろ姿を目に焼き付けた。



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