「…ホントにいた!これから3年間、よろしくな」
高校で鬼龍とかわした言葉は、入学式で顔を合わせたこのひとことが、最初で最後。
私はかなり無理して、本来の学力より高い高校に行ったからか…そのツケが回ってくるのは早かった。
ついていくのが大変で、予習復習といった勉強は必須。
放課後私は毎日自習室へ行き、ガリガリ勉強していた。
たまに校内で見かける鬼龍は、そんな私とはまったく違う、いわゆる…一軍男子。
ストレートのさら髪を無造作に下ろして…メガネをかけた姿は真面目な優等生に見えるのに、着崩した制服がそれだけじゃない雰囲気を醸し出してる。
当然…周りには女の子たちの群れ、群れ、群れ。
隣にいる女の子は定期的に変わったけれど、嫌な噂を聞かないのは、それなりにちゃんと付き合っていたのだろう。
中学時代の他の3人とは少し違うところだ。
鬼龍には…まぶしさしかなかった。
成長していく鬼龍を見るたびに、私の恋心も成長したけど…交わることのない、私たち。
せっかく同じ高校に行ったのにな。
あっという間に3年生になり、別の場所で生息していたはずの私にも、鬼龍がどこの大学を目指しているのか耳にした。
国立の歯学部。
もう…追いかけていくのは無理そうだ。
「やってみたい仕事ないの?…せっかく頭のいい高校に行ったのに」
母は高校を卒業したら、家業を手伝うという私に、残念そうに言った。
「高卒じゃ…なかなか難しいから。お店忙しそうだし、手伝うよ」
歯学部なんて、絶対無理だもん。
話し合いの末、調理師の専門学校に行きながら、両親が経営する居酒屋を手伝うことになった。
歯医者を目指す鬼龍と、古い居酒屋を継ごうとしている私…
私たちの縁は完全に切れた。
なのに…私の恋心はいつまでも消えなかった。
そんなに好きだった自覚はない。
あっさり終わった卒業式の後も、クラスが違うから打ち上げも一緒にはならなかったし。
接点は、ひとつもない。
告白しようと思うほどの熱量を抱えるのもおこがましいと思う。
…自然に忘れていくのが最適と思える、私の初めての恋だった。
なのにその後数年、私は鬼龍の面影を街中ですれ違う背格好の似ている人に投影し続けた。
それはもはや…クセみたいなもの。
「ずっとずっと…忘れられなかったんですね…」
両手でマグカップを包むように持ちながら、私の話を真剣に聞くモネちゃん。
私たちが付き合い出したのを聞いて、馴れ初めが聞きたいと言って、遊びに来てくれた。
「そう…だね。でもさすがに、高校で接点を持てなくて、卒業したらキッパリ忘れるつもりだったんだよ?」
あの頃の苦い思い出がよみがえって…ちょっとウルッとした。
モネちゃんは私の些細な変化に気づいて、早速鼻を赤くする。
…素直だなぁ…こんなに素直でピュアで可愛らしい女性が、あの吉良を射止めるなんて嘘みたい…
「…ごめんね。吉良の学生時代の話を聞きたいよね?…こんな、私のしょうもない初恋の話なんて…」
「いいえ…!聞きたいです!
高校を卒業して、誰とも会わなかったんですか?」
モネちゃんと吉良の結婚式の少し前、吉良に再会したあの日は、確かに久しぶりだった。
「1度だけ、会った。憂が偶然うちの居酒屋にお客さんとして来たことがあったの。その後、3人を連れてきてくれて…」
父に重い病が見つかり、母親を手伝う形で、居酒屋の仕事をして数年後、母も呆気なく亡くなったのは…私が24歳の頃。
お店を少しリフォームして綺麗にして、私に譲り渡したい…と、母が言った矢先のことだった。
母のお葬式を出し、2人をお墓に眠らせて、わずかにあった貯金は底をついた。
後は、両親が残した料理のレシピと、手伝っていたカンで店を切り盛りしていくしかない。
そんな覚悟をしたある夜…
「…凛々子だろ?」
声をかけてきたのは、憂だった。
間違えようもない。
中学生の頃より体つきがしっかりして、当然だけど大人の男になってて驚いた。そして格段にカッコよくなっている…!
「…芸能人?」
「…はぁ?俺だよ、憂!わかんない?」
「…わかるよ!またまたムカつくほどカッコよくなってるからさ!」
パチン…とハイタッチして、憂は仕事関係者らしい人としばらく飲んで…席を立った。
本当は…鬼龍はどうしているか、聞きたい。
ちゃんと歯医者になったのかな…
どんな風に大人になったかな…
そして今、幸せにしてるかな。
「今度3人連れて、4人で来るわ」
じゃ…っと、手を上げて帰っていく憂。
言葉だけだと思っていた。
わずかに繋がった縁もまた切れて…私たちの違いすぎる未来を想って、ちょっとだけ涙が出た。
…本当に来店したのは翌週の週末。
VネックのノースリーブTシャツにハーフパンツという軽装。
美容院に行く暇がなくて伸ばしっぱなしの髪はポニーテール。
…数年ぶりに会うのに、こんな格好なんて、心底恥ずかしかった。
でも鬼龍は変わらずに優しくて。
「元気そうで良かった。…ずいぶん色っぽくなったじゃん!」
そして料理は絶品だと、褒めてくれた。
そんな鬼龍の言葉と笑顔で、私はまた…しばらく幸せに暮らせる。
帰り際、憂が私の連絡先を聞いてくれて、その流れで皆と繋がる事ができた。
「…これは忘れないんだけどね、その時吉良だけが、連絡先に追加された私の名前を『中学同級生』って入れたんだよね…」
「…えぇー…どうしたんですかね?」
「やだ…!わからない…?!」
はてな顔のモネちゃんに、私は頬を緩ませる。
「モネちゃんへの配慮だよ!24歳って言ったら…吉良は大学院生でしょ?ちょうど付き合い出した頃じゃない?」
「…あぁっーっっ!」
口元を両手で押さえるモネちゃん。
…本当に可愛らしい、吉良の奥さん。