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鬼龍と凛々子の恋物語③

「両親を亡くして、私1人で居酒屋を経営してるのを知ったからか…それから、たまに来てくれるようになったの」


「密会…!」


「そんな色っぽいものじゃないよ?本当に食べて軽く飲んで帰るだけだし」


モネちゃんは、他の3人が知らなかったとしたら、それは密会だと鼻息荒く言う。


…正直、これはチャンスだよなぁって、思った事もあった…




「凛々子ってさ、自分の晩飯どうしてんの?」


たまたまカウンターが空いていて、そこへ座ったある日の鬼龍。

お客さんもまばらになって、そう聞かれた。


「…んー。味見で、終わりかな」


「はぁ?ろくに食ってないのか」


「うん、まぁ…元気があれば、帰ってから納豆ご飯くらいは食べる」



そしたらその日、やたらちびちび飲んでるなぁって思ったら、最後のお客さんになった鬼龍。


「寿司でも食べさせてやる」


見下ろしてそう言われた時は、恋が叶ったかと思うほど嬉しかった。





「…でも、今になって思うと、もしかしたらあの時…私に聞いてほしい事があったのかもしれないって思うの」


モネちゃんは優しく笑顔になって、私が何をいいたいか、ちゃんとわかってくれたみたい。



「私も…いつごろの話、とは聞いてないんです。もしかするとそのあたりなのかもしれませんね。

…鬼龍さんが体の異変に気付いたのは」



鬼龍の恋人が、吉良を好きになってしまった話。

行為の最中、愛する人に、親友の名前を切なく叫ばれたら…どれほど傷つくだろう。



お寿司屋さんに連れて行ってくれた時は、他愛もない思い出話で終わったけど、その時になんとなく気づいた。


昔より、影がある。


その理由なんて聞けなくて…その日を境に、鬼龍の足は遠のいてしまった。



思えば…中学の時から鬼龍にほのかな思いを寄せていたくせに、私は自分から何も行動していないことに気付いた。


でも…もう大人と呼ばれる年齢に達して6年もたって、今さら動くなんてできない。


1番は…傷つきたくなかった。

居酒屋の経営もあるし…忙しいし…


私は自分の気持ちに蓋をして、今度こそ封印するつもりだった。


『実らなかった初恋』というラベルを自分から貼って、心の戸棚にしまおう。


そう、思って…この頃仲良くなった男の人と、デートらしきものをするようになった。




「そ…その人は?どこの、なんていう人ですか?」


「…ん?山中真司さん、って言ってね。お店の常連さん。それこそ…両親が経営していた時からのね」


「…むーん…!」


なんだか気に入らないようで、口を尖らすモネちゃんが可愛い。


「歯医者と居酒屋の女なんて接点がなさすぎて…諦めてたんだよね」


それが…あの日、吉良に偶然会って…運命の歯車が動き出した。




「凛々子?…ちょっと頼みがあるんだけどさ」


鬼龍から突然電話がかかってきて、吉良の結婚が決まったことと、司会進行を手伝ってほしいと言われた。


「いいけど…私でいいの?」


鬼龍に恋人がいないなんて、思わなかった。

中学高校と、可愛い女の子にまとわりつかれて、優しい笑顔を見せていた鬼龍。


吉良が結婚するなら、当然鬼龍もそんな存在に近い女の子がいて、それは他の3人も公認だと思った。


「いいに決まってるじゃん。…ってか、凛々子がいいんだよね」


軽い気持ちで言ったのはわかったけど…ドキッとしたのは事実。

そんな胸の高鳴りを感じて、私の鬼龍への恋心は、微塵も衰えていないってわかる。


手伝いを引き受けて、私は少し考えて…思った。


これは、最後のチャンスだって。


高校を卒業して10年。

何度かあった、鬼龍との仲を進展させる機会を、臆病な私はずっと…掴めないままここまできた。


でも、今度という今度は…精一杯動いてみよう。


それでダメだったら、潔く諦める。

包み隠さず、大好きな気持ちを伝えよう。


…そう決心した。




「結婚式の後、憂と椎名の幹事でパーティーやるんだけど…」


打ち合わせも大詰めとなったある日、鬼龍が言った。



「上に部屋取れるらしいんだ…どうする?」


吉良たちが結婚式をしたホテル。

…そういう意味で言ったんじゃないのは、重々承知していた。


「泊まりたい。…鬼龍と」


スカイダイビングするくらいの勇気を出して言った。


「…え?」


「だから、鬼龍と同じ部屋に泊まりたい」


私の顔は、赤かったと思う。

鬼龍は首を傾げて優しく笑って言った。


「ごめん、俺が言ったのはそういう意味じゃなくて…」


「わかってるよ!」


言葉を遮られた鬼龍…少し目を見開いて、視線を左右に揺らした。


その視線を、恥ずかしくて目をそらしたいけど、頑張って…頑張って追う。


そんな私に気付いて、ふわっと視線が絡んだ。



「…凛々子がいいなら、断る理由は、俺にはない」


それがどういう意味か…その時に確かめる勇気はなかったけど。


もちろん、私は鬼龍に抱かれるつもりだった。


自分で望んで…長い長い片思いに決着をつける。


自分の心の中で。


付き合うとか、先があるとかないとか…そんな事はどうでもよかった。


深いところで、鬼龍と繋がれるなら…それだけで私の人生は幸せ。


正直言って、そんな思い出を胸に、一生独身を貫くのも悪くない…とすら思っていた。




「…凛々子さん、今…幸せで…本当によかった…」


私の思いを聞いたモネちゃん、ついに泣いてしまった。


そんな顔を見ていると、あの日のことがよみがえって私も泣きたくなる…




「俺は、凛々子を利用しようとしてるんだよ?」


らしくない鬼龍の不穏な言葉から、あの夜は始まった…


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