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鬼龍と凛々子の恋物語⑥

幸せには、ちゃんと形があるということがわかった。


私の体の中で、ゆっくり…大切に育まれていく命。


「俺が父親…?」


体調の変化に気付いて、慎重にその事実を伝えた時、鬼龍は真剣な瞳を向けてきた。


それは、戸惑い?…驚愕?…それとも、不安…


表情を読み取ろうと覗き込む私を抱き上げたのは、次の瞬間。



「結婚しよう。…今すぐ!」


言い終わるより早く、私の手を引いて、自分の車に乗せてどこに行くとも告げずに走り出す。


鬼龍がこんな人だったなんて、初めて知った。


到着したのは役所。

迷わず戸籍課に向かい、窓口で言った。



「婚姻届1枚!」


…チケットを買うような言い方に笑ってしまう。


その場で書いて出そうとするのをやんわり止めて、鬼龍の部屋に帰ってきた。



「…ごめん。体、平気?」


今さら連れ回したと、青くなってる…!


「大丈夫!転んだり走ったりしてないし、普通に歩くくらい出来るって!」


そう言って安心させたはずなのに、突然立ち上がった鬼龍、ウロウロ部屋の中を歩き出して、落ち着きなく言った。



「今日からもうここに住んで。できるだけ早く、もう少し広い部屋に引っ越すから」


…帰るなんて言ったら、不安で泣いてしまいそうで…私は笑顔で頷いてみせる。



「わかった…!鬼龍とずっと一緒にいられるなんて、嬉しい」


「…は?そんなこと初めて言うよね?」


「ん…そうだったかな?」


鬼龍はウロウロするのをやめて、私を後ろから抱きしめるように座り、肩に顎を乗せ、お腹をゆっくり撫でてくれた。


「俺が守るから。凛々子もこの子も。…大事に育てよう。2人で」


頬が、濡れたような気がした。

鼻をすする鬼龍…


泣いてるのかな。


私はお腹を撫でる鬼龍の手に自分の手を重ねて言った。



「うん。元気な子を産むからね。たくさん稼いで来てね、パパ」


ふふ…っと笑う鬼龍。


体の異変があって、子供を持つなんて考えられなかった期間が、長かったんだろうと思う。


親友たちが結婚して人生の大きな節目を迎える中、自分ひとり立ち止まっているような気持ちになったこともあっただろう。


私は…鬼龍に再会できてよかった。


あの日、一緒に泊まりたいって勇気を出して言ってよかった。





その後、吉良夫婦に証人を頼み、無事に婚姻届を提出できた。


モネちゃんは自分のことみたいに喜んで泣いて…もう大変な騒ぎ…!



鬼龍の家族へのご挨拶は、意外な形で行われた。


「まぁ…どうもどうも…!宗一郎のお母さんの真美子です!とっても綺麗な人ねぇ…!?」


優しさを人で表すとこんな風になる、といった印象のお母さまとお父さまが、私たちの住まいに来てくれた。


「…こちらからご挨拶に行くのが本当なのに、申し訳ありません」


恐縮する私に、鬼龍が私の肩を後ろから掴んで、ソファに座らせながら言った。


「いいのいいの。うちの両親、しょっちゅう東京に遊びに来てるんだから、ついでに来てもらえば負担が減るだろ。凛々子の体調が最優先!」


そうそう…と2人でニコニコうなずくご両親。


本当に私は、幸せだ。






鬼龍は、私の両親の墓前に挨拶に行きたいと言ってくれた。


「…そんな、スーツなんて着なくていいのに…」


言いながら、その姿がカッコよすぎてため息を吐く。


「何いってんの。大事な一人娘をもらうんだから、ちゃんとした格好していかないと失礼だろ」


そう言ってくれる鬼龍が好き。

…大好き。



両親のお墓は海に面した高台の墓地にある。


お店の経営に行き詰まった時、1人でここへ来て、両親に話しかけながら風に吹かれたことを思い出した。


「…はじめまして…鬼龍宗一郎と申します。この度、凛々子さんにプロポーズを受けてもらって、結婚するご報告に参りました」


両親の墓前で頭を下げ、持っていた花を活けてくれる。


そしてもう一度立ち上がると、神妙な面持ちで…


「じ、実は今、彼女のお腹には、私との愛の結晶が育っております。…順番を守らず、申し訳ありません!」


バッと頭を下げる鬼龍。

…まるでそこに、両親が立っているように見える。


2人が生きてこんな言葉を聞いたらどうだったかな…


『…凛々子をよろしくお願いしますね…』


母の優しい声が聞こえた気がした。


『凛々子とお腹の子を守ってやってくれよ…』


父の少し複雑そうな声も聞こえる…


ふわりと風が吹いて、静かな墓地に飾られた花が一斉に揺れた。


あれ…もしかしたら、錯覚じゃなかったのかも…?


私も墓前に手を合わせ、両親に話しかけた。


もう、私は1人じゃないよ。ちゃんと、幸せになったよ…と。





高校では全然話せなくて、雲の上の存在だった鬼龍を切なく見つめる10年前の私に言いたい。


大丈夫。

恋は叶うよ…と。


鬼龍の他に誰も好きになれなくて泣いた夜も、諦めの悪い自分を責めた夜も、決して無駄にはならないと。




「…あ、動いたかも…」


「…えぇっ?!」


一緒にお腹に手を当てて、見つめ合う私たち。


鬼龍、私はあなたを…幸せにできたかな。


言葉にしない問いかけに答えるように…抱きしめてくれるあなたが、

一生大好き。





2025.7.7

鬼龍と凛々子の恋物語




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