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スピンオフ2 俺の未来①

…嘘だろ。


「はじめまして!常磐未来と申します!」


新人のマネージャーが付くとは聞いていた。

聞いていたが…


「…だれ?」


「わ、私は…2週間の研修から戻って参りました後に、あなた様のマネージャーとして勤務いたすことが決定しております!そ、それを、ここにご報告すると共に…」


「…」


きっちり眉を出した前髪と三つ編みおさげ…白い肌は綺麗だが、湯気の出そうな赤いほっぺは、聞かなくても寒い地域から上京してきたとわかる。


しかも黒縁の丸メガネとは、なんかの冗談だろ。



「…マネージャー…」


「も、申し訳ございません!」



まだ何も言ってないのに、突然その場に土下座して俺にひれ伏す田舎娘。


ちょっと待て。

…こういうのがいるから、つけあがる男が増えるんだ。


しかもここは芸能界。

わかってんのか?…このおてもやんは。



「…あ、未来ちゃんいたいた!」


土下座する未来という子の背中をトントンと叩くテレビ局スタッフ。

俺に軽く頭を下げるなら、そんなことしなくていいと、この子に教えてやればいいのに。



「…呼ばれてるけど?」


いつまでも土下座をやめないので、俺はため息と共に声をかけてやる。


パッと頭を上げた顔は、丸メガネが落ちて、黒目がちの大きな瞳を俺にさらした。



「マネージャーでしょ?わかったよ」


意外とまっすぐで強い視線だった。



「…よ、よろしくお願いします!」


慌てて立ち上がり、膝についたゴミも払わずにテレビ局スタッフについていく未来。


半分の不安と4分の1の興味。

残りは俺自身の笑いで、初対面の未来の印象は決まった。


2週間後か…と思ったのはその瞬間だけで、俺の記憶から未来は、速攻で消えていったんだ。






「…瑠偉、お願い…もう1回」


タバコに火を付ける俺の背中になれなれしく触れる女。


名前はなんだったか。

みお?ゆあ?りさ?

確か2文字だった気はするが…



「…あぁ、もう無理。たたねぇ」


ひどい…と、今度は軽く背中を叩かれる。

ひどいのはどっちだ。

俺の賢者タイムを邪魔するな。



「もう…シャワーに行っちゃうからね?」


見せつけるようにシーツをまとう女。胸元の谷間が綺麗に見える巻き方を心得ているらしい。


でも、俺に火が付く気配はまったくない。



「明日も仕事なんじゃねぇの?だったら早いとこ帰って寝ないと…テレビ映り悪くなって困るだろ」


…優しくは言ってやらない。

2度ほど誘いに乗ったが、この子は少し依存傾向がある。


…3度目はないな。


「…瑠偉が一緒に寝てくれたら、明日ツヤツヤのピカピカでいられるのになぁ…」


「…バカ言ってんな」


女がいつまでもまとわりついてくるなら…俺が先にシャワーを浴びるまで。


もちろん後から侵入されないよう、バスルームの鍵は閉める。



「…もういいっ!私にそんな冷たくするの…瑠偉だけだよ?皆私と付き合いたくて一生懸命口説いてくるんだから!」


俺の向かう先にバスルームがあるのがわかって、女は急に苛立って黄色い声を上げた。


…この前も、一緒にシャワーを浴びたいと言われて、断ったことを思い出した。


「…ごめんな。俺遊べる子はいろいろいるからさ。…1人に絞れねぇわ」


これで怒って先に部屋を出るだろう。


そんな思惑をみこした彼女は、意外な行動に出る。


「ふざけないでよっ!」


バチンッ…と、頬になかなかの衝撃を感じて、乱れた前髪が目元を隠した。


…やってくれるじゃん?



「ふざけないで、ってさぁ…」


前髪を直さず、そのまま女を見下ろした。


「あんただって、何人の男と絡んでるんだよ…」


「…どういう意味よ?」


「セフレ10人って…多くねぇか?」


構わず名前をあげてやる。

「やめてよ…」と女は俺の胸を押した。



「顔を叩くってのはマズイだろ、この業界…」


暗黙のルールってやつだ。

俺らの顔と体は商品で、これを傷つけられたら事務所が黙っていない。


しかも、俺の所属する事務所は…そういったトラブルには特に厳しいと知れ渡っている。


「…わかったから!」


女は大きな声でひとことそう言って、手早く服を着ると「もう会わない!」と言って部屋を出て行った。


結局なんという名前だったかわからないままの女だったが…

これで付きまとわれることもないし、変な噂も立てられないだろう。

…何しろ、向こうのセフレ事情を掴んでるからな。


…鼻歌混じりでシャワーを浴び、今日はこのホテルに泊まることを決めた。



そうと決まれば…コンビニへ食料の調達に行こう。




白ワインとチーズ、それからいつも読んでる漫画の発売日が過ぎていることに気づいた。


カゴに放り込む下着、そして靴下。

Tシャツも売ってる。

明日のために買っておくか…



最近、こんなことが多くなってる気がする。


誘われた女を抱いて、冷たいと罵られてケンカ別れ。



つまんないことを繰り返して、我ながらどうかしてると思う。


でも仕方ない。


この業界にいれば、目を見張るような美人は嫌でも目に入る。

男なら誰でも思うだろう。

据え膳食わぬは男の恥って。


俺は多分、女を好きになることはない。


柔い肌の感触と少々の快感。

それだけくれたらあとは興味ない。


まぁ…そういうことだよ。




「あ、丸メガネ…」


ずっと読んでいる漫画に、新しいキャラクターが登場した。


丸メガネゴンザゴン…

すげぇ名前だな、と思いながら。


俺に挨拶に来た丸メガネの名前は、常磐未来って…すぐに思い出した。


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