「確か…会場はこちらのはずです」
「…確か?」
「いえ、確かに、という意味ではなく、多分…という意味でして…」
今日はファッション誌の撮影。
都内のラーメン屋を舞台に撮るという珍しい仕事だった。
普通、撮影スタジオではない所での仕事の場合、別の場所でヘアメイクや衣装を合わせる。
…なのに、未来に連れてこられたのは撮影現場だと思われるシブいラーメン屋。
客はほとんどいないが、店は営業中。…そんなところで撮影なんて、したことないが。
場所を決めるのはクライアントだし、そこへ連れて行くのはマネージャーの仕事…
「…確認して」
テーブルに座って携帯を出すが…
…俺も確認作業を手伝うなんて、するわけない。
「は…!かしこまりました!」
目の端で、画面を操作する未来を捉え、ちょっとだけ安心して携帯に見入った。
「…えっと…あの」
しばらくして、未来が声をかけてきた。
「…あ?」
面倒に思ったが、目線を上げる。
すると、まだ画面を操作しているようだが…
「…誰かに聞けたの?」
「いえ、それが…ですね」
しつこく画面に指先を乗せ、右に左に滑らせている…
おかしいと思ったのは、側面のボタンをカチカチいじってるのを見て。
「…そこ押すと、だいたいの携帯は電源を切ろうとするはずだぞ?」
「そう、ですよね…でも、あの…あの…」
…らちがあかない…
「貸してみ」
「…あっ!」
仕方なく未来の携帯を奪って操作してみれば…
うんともすんとも言わないどころか、真っ黒の画面から切り替わりもしない。
「未来、これさー、電池ゼロじゃね?」
言いながら、左手を未来に向けた。
当然、モバイルバッテリーをよこせという意味。
それなのに…バッグをガサガサしながら、未来が取り出したのは。
…チロリアンチョコ。
1個30円くらいの、コンビニのレジ横や、駄菓子コーナーに置いてある安価なチョコ…
ちょん…と乗せられたそれ…。
「なにこれ」
「え…?チロリアンチョコです。イチゴ味です」
イチゴ味に少しだけ「お…?」と思ったものの、今はそんなものを食ってる場合じゃない。
…手のひらにチョコを乗せたまま固まる俺を見て、未来はなにを思うのか…それとも思わないのか。
…その時、俺の携帯が着信を知らせた。
「瑠偉…今どこだよ?…早く行かないと、メイクさんお待ちかねだぞ?」
メイクさんを時給で雇っているらしい社長。さっさと終えて、人件費を節約したいのだろう。
「今撮影現場のラーメン屋に来ちゃってるんだよ。…メイクさん、どこで待ってんの?」
「ラーメン屋ってお前…何だそれ」
「…本当に、申し訳ありませんでした!!」
早速土下座体勢に入ろうとする未来。
「あぁ…いいよ?そんなに大げさに謝らなくて」
土下座すると長いからやめて〜…と、明るく伝えておく。
すると最上級の謝罪の仕方を失って、右往左往する未来。
「そ、それでは私は、お金を払って電話をできるところを探し出し、事務所に正しい撮影場所を確認して参りますので、椎名さんはしばらくこちらで待機ということでよろしいでしょうかっ?」
丸メガネをかけ直し、やたら大きい黒いバッグを背負い、未来の足は出口へと向く。
「…だったらこれ」
貸してって言えばいーじゃん?
振り向いた未来に携帯を投げてやると、意外に軽い身のこなしで携帯を受け取った。
…ように見せて、落とした。
「あわわ…っ!椎名さんの携帯がぶち壊れました…!」
アワアワしながら携帯を持って走ってくる未来。
「大変です…!椎名さんのだらしない女性関係に文句ひとつ言わない交際相手の方々との連絡が…取れなくなってしまいますっ!」
うるせーよ…と小さく言いながら、そんなことまで把握されているのかと、若干ビビった。
「あー、これ保護シートが割れただけだからへーき。いいから事務所にかけて」
「はい!ありがとうございます!」
結局、事務所の電話番号を覚えていない未来のために、連絡先アプリから呼び出して渡してやる。
…俺にしては優しい。
「…申し訳ありません!常磐です。
…はい、…はい、椎名さんと一緒に…はい。かしこまりました!失礼いたします!」
「…で、本当はどこだって?」
やっと連絡が取れたのは間違いない。俺の目の前で何か指示をされてたのを聞いた。
たが、声をかけてもしばらく無視するように立ち尽くす未来に、若干の嫌な予感。
「今日はもう、お疲れ様でした…ということです!」
「…は?
朝早くから叩き起こされ…ここまで連れ出されて、撮影がなくなったということか?」
「あの…事務所の、別のタレントさんが撮影に向かったようです…」
「…それで俺はキャンセルと?」
「も、申し訳…ありません」
ふざけんなよ…と言ったのは、俺の代わりはいくらでもいると、思い知ったせいもある。
今の事務所に、モデルとして所属し始めて5年。
大学卒業を機にプロとして活動していくことを決めたものの…そんな熱い決意をして、まだ1年しかたってない。
プロのモデル、タレントとして、俺はこの業界でやっていける自信があった。
だから学生のバイトだけではなく、就職先として飛び込んだ事務所、仕事だったんだ。
なのに、ほんの少しのミスで、俺なんかいらないと言われる厳しい世界に愕然とした。
「わ…私のミスです。せっかくの椎名さんの活躍の場を失ってしまい…私は…マネージャーとして大失格で、ものすごく大きなバッテンをつけてしまいました」
「…おい」
未来の反省するところに土下座あり。
…いくら客はほとんどいないと言っても、こんな町中華で、どえらいことはしないでもらいたい。
「本当に…申し訳…」
ガクっと膝を折った未来を見て「わかったから!」と声を上げたのは他ならない俺。
「…でも、それでは、私はどのように謝罪の気持ちを表したらいいのでしょうか…?」
立ち上がり、そのまま顔を膝にくっつけるほどの勢いで頭を下げる未来。
そこへ…話を聞いていたのか、意外なところから声がかかった。